樹下恋慕 小高い丘一面に咲いていた鬼百合は、いつしか風に揺れる長い芒の影に隠れ、ちぎれた入道雲が鱗雲になって、ゆったりとあかねさす空を流れていた。 そんな秋色の景色を眺めつつ、薬草摘みから帰途につくかごめの足どりは心なしか重い。 『犬夜叉の馬鹿っ。もう顔も見たくない!』 三日前、朝餉の時に犬夜叉に言い放った言葉が、頭の中をぐるぐる回っている。喧嘩の原因などはあまりにくだらないちっぽけなもので、とうに忘れてしまった。けれどもその結果はこうして尾を引いている。三日前の鶏鳴の刻以来、犬夜叉は二人の家に帰って来ていなかった。それどころか、村中を探しても姿が見当たらない。愚直ゆえに、彼女の言葉を真に受けてしまったに違いなかった。 「犬夜叉の意地っ張り。なにも本当にいなくなること、ないじゃない」 かごめは頬をふくらませた。けれどすぐに自己嫌悪に駆られて溜息をつく。意地っ張りなのは、どっちよ。心の中で毒づいた。 気が付くと犬夜叉の森に来ていた。かごめは緋袴の裾を少しつまみ上げながら、その更に奥深くへと進んでいく。朽ちつつある木葉の天蓋から、一際鮮やかに斜陽が降り懸かる場所に、その御神木はあった。 かごめはその木をしばらく見上げたのち、根元に腰をおろした。けれど、足袋についた土埃を落とし終えると、やることがなくなり、思いばかりが深まって、だんだんと居た堪れなくなってきた。 「……犬夜叉、どこで何してるのかな」 ちゃんとご飯を食べてる?眠れる場所はある?布団がなくて寒くない?――淋しくない? 思えば思うほど心配で恋しくて堪らなくて、かごめは袖で涙のほとばしる目元を押さえた。しゃくりあげる声に森の空気が震えた。 「ごめんね、犬夜叉。顔も見たくないなんて、嘘よ」 ――だからお願い、帰って来て。口に出してそう言う前に、彼女の目の前に、誰かがしゃがみ込んだ気配が感じられた。 「……ぶわーか。なに泣いてんだよ、泣き虫」 かごめは信じられない思いで袖の端から顔を上げた。その帰りを焦がれて焦がれて待ち焦がれた恋人が、少し困ったような顔をして、彼女を見詰めていた。 「い…いつから、ここにいたの」 犬夜叉は叱られるのを怖がる仔犬のように、しゅんと犬耳を垂れた。 「……三日前からだよ。かごめに帰っていいって言われるまで、帰れねえと思って」 「じゃあ、三日間、ずーっとここに?」 「……」 「あたしが機嫌直すまで、ここで待ってるつもりだったの?」 悪いかよ、と犬夜叉が呟くより先に、かごめは彼を抱きしめていた。 「か、かごめ?」 「犬夜叉、あんたって……本当にいい子ね」 まるで仔犬を可愛がるようにほお擦りしてくるかごめ。犬夜叉は、耳の先まで真っ赤になって喚いた。 「俺は犬じゃねえっ!」 「はいはい、分かってるって」 かごめは肩を揺らして笑った。天蓋を抜けて樹下に吹く夜風が、泣いたあとの瞼に涼しかった。 end. ×
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