花嫁御寮  7:篝と桜



 自室の襖を閉めきるなり、彼は力無く腰を落とした。
 襖に背をもたれ、四肢を投げ出したままぼんやり天井を見上げる。かつては父が使っていたその部屋も、今では彼の自室兼執務室になっている。贅沢を嫌うたちの彼らしく家具は殆ど置かれてはおらず、がらんとした畳の間は殺伐とさえしていた。開け放った窓から聞こえてくる鴉の啼き声と輪廻の輪の回転音が、厳かに、何か不吉なもののように、日の当たらないほの暗い部屋に響いている。
 机の上には処理しなければならない書類が山になって積まれていた。しかし、動こうにも指先にまったく力が入らない。途方もない無気力感が彼の全身を蝕んでいた。自分はひどく落ち込んでいるのだと、彼は気付く。
 ――馬鹿な。今更彼女に何を期待していたんだ、俺は。
 自嘲気味な笑いがこぼれる。別れもなしに勝手に彼女の元を去ったのは自分、側にいて彼女を守ってやってくれとあのお祓い屋に頼んだのも自分。あの二人がいずれこうなるだろうことはとうに予想がついていたし、自分自身もそれを望んだはずだったのに。
 ――いやだ。
 彼は両手で顔を覆った。
 確かに自分は、一度は彼女を、真宮桜を手放そうとした。自分に降り懸かったあの世での災難に、生きた人間の彼女を巻き込みたくはなかったのだ。
 半分とはいえ死神の自分自身と、普通の人間である彼女との間に、初めて彼は隔たりを感じた。彼女を大事に思うなら、一緒にいてはいけないのだと悟った。
 けれど、――耐えられない。
 あの二人が仲睦まじく並び歩くのを、顔を見合わせて笑い合うのを、同じ場所で同じ時を分かち合っているのを見ているだけで。つらくて胸が張り裂けそうになった。
 何のしがらみもなく彼女を手に入れるだろう十文字翼。じきに彼女は、彼の花嫁御寮になる。普通の人間同士が現世において結ばれる。万事が良好だ。あの世での因果に縛られた自分などに、もう出る幕はない。それでいいじゃないか、真宮桜の幸福のためにも素直に喜んでやらならければ、と彼は思った。けれどその実、本心では嫉妬のあまり気が狂いそうだった。
 ――なぜ、会いに行ってしまったんだろう。一目見ればまた、抑えがきかなくなると分かっていたはずだったのに。
 感情の高ぶりを抑制できず、自分の存在を誇示するかのように、花瓶を無意識下に割ってしまった。感情より理性で行動するたちの彼にしては珍しいことだった。今の自分は、まるで手の付けられない悪霊のようだ。
「……真宮桜」
 気付いてしまっただろうか、彼女は自分の来訪に。そうでなければいいと思う反面、全く逆のことを切に願う自分がいた。
 春の夜にくすぶる花篝より強く、想いは燃え上がる。夜桜に届くことなど決してないと知りながらも。






To be continued

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