La Belle au bois dormant 隣から小さなくしゃみが聞こえて、りんねは鉛筆の動きを止めた。 「……風邪か?真宮桜」 小声でこっそり聞くと、桜は鼻をすんと啜って笑顔をとり繕った。 「ううん、大丈夫。ちょっと鼻がむずむずしただけ」 しかしまた少し経つと、 「……くしゅっ」 見れば桜の顔色がすぐれず、目つきも心なしかとろんとしていて怠そうだった。 「本当に大丈夫か?……具合が悪いんじゃないか?」 心配そうに聞くりんねだったがそれでも桜は「大丈夫」の一点張りだ。 りんねは数学の教師が黒板に向き直った隙に、桜の方に身を乗り出した。掌を彼女の額に当てる。触れた所がじんわり熱かった。 「――六道くん?」 桜が少し驚いた様子でりんねを見ていた。しかしりんねは何よりも彼女の体調が気になって仕方がない。 「……熱があるぞ。休んだほうがいい」 りんねがぼそりと呟くと、桜は視線を泳がせた。 「でも今日の公式、試験に出るみたいだし」 「……」 がたん、椅子を引いてりんねは立ち上がった。クラス中の視線が彼に集まる。 「なんだ?六道、質問か?」 書きかけの計算式をそのままに怪訝な表情で振り返った教師に、りんねは「すみません」と軽く頭を下げた。 「隣の人の具合が悪いようなので、保健室に連れて行きます」 教師の返事を待たずに、りんねは困惑気味の桜を席から立たせた。彼女の足元がふらついたが、間一髪、りんねが抱き留めた。 「……ごめんね、六道くん」 眩暈がするのか、額を押さえながら桜が詫びた。りんねは彼女の肩を抱いたまま、背中に突き刺さる好奇の視線に気付きもせずに、教室を後にした。 「38.9℃、れっきとした高熱だな」 体温計の数値を見下ろして、ベッド脇に立つりんねは微かに眉根を寄せた。 「試験のノートならミホにでも写させてもらえばいいだろう。こんな高熱で、あまり無理をするものじゃない」 「……はーい」 今度ばかりは素直に桜は頷いた。掛け布団を顎の下まで引き上げる。 「本当はね、朝から体調が良くなかったの。でも無理をして来ちゃった」 高熱のせいか少し潤みがちな目で、桜はりんねをじっと見上げた。 「……昨日は六道くん、学校に来なかったから」 だから今日は会いたかったの。 いつになく素直にそんなことを告白する桜。りんねは顔が火照るのを感じた。 「お前にそんな無理をさせるくらいなら、俺が会いに行っていたのに――」 桜はうっすらと笑い、りんねの手を握った。 「私が寝るまで、側にいてくれる?」 丸椅子に腰掛けて、りんねはぎこちなく頷いた。安心したように桜はゆっくり瞼を下ろした。 やがて静かな寝息が聞こえはじめた。 しばらく躊躇のそぶりを見せたが、遂には覚悟を決めたのか。誰も見ていないのをいいことに、りんねは上半身を屈めて、彼女にキスをした。 白いカーテンに映る影がさわさわと揺れる。 一人悶える彼の姿が見えているかのように、眠り姫は幸せな微笑を浮かべた。 end. |