鳳凰 | ナノ

鳳凰




 秋の日は釣瓶落とし、日の入りが驚く程に早まった。
 その日、とある寺院に怪奇現象が起きたとの情報を受けて、死神・鳳は現世に出張っていた。現世仕様のリボンを付けて、困り顔の住職から話を聞く。
「鳳凰のもう片方を見つけ出してきていただきたいのです」
 それが今回の依頼だった。
 お堂の壁の一角を指差しながら、老年の住職は溜息をついた。そこにはきらびやかな壁画が描かれている。鳳凰。今にも壁から飛び立っていきそうな、見事な真紅の霊鳥だ。しかし住職の話によれば――
「本来鳳凰とは、牡牝の一対であるべきなのです。この壁画にもそのように描かれておりました。しかし先日、その片方が忽然と消えてしまった」
 なるほどと鳳は頷いた。確かに、壁画にはぽっかりと開いた不自然な空間がある。まるで何かが抜け出してしまったかのようだ。
 めでたい霊鳥の片割れが消えてしまった。それはどうも縁起が悪い。寺を訪れる人々の信仰に報いるためにも、この壁画をあるべき姿に戻したいのだと、住職は切実に言った。
「分かったわ。私が消えた鳳凰を見つけてきてあげる」
 鳳は任せなさいとばかりに胸を反らせ、壁にべたりと霊寄せの札を貼った。家の蔵からくすねてきたものだ。これできっと壁画も元通りになるだろう。
 合掌してお辞儀する住職の姿が見えなくなったところで、達成感に満たされた彼女は意気揚々と、黄昏の空に飛び立っていった。


 翌日。授業中のりんねに、黒板から突然出現した鳳が半泣き状態で縋り付いてきた。
「――助けて、りんね!」
 一体何事だ。りんねは目を細めた。見れば鳳の背後に大きな鳥の霊が付き纏っており、嘴で執拗に彼女の頭を突いているのだった。
「いたたた、痛いってば!もー、こいつを追い払ってよ!」
 どさくさに紛れて抱き着いてくる鳳。りんねは顔から湯水のごとく汗を流した。横から食い入るようにじっと見詰めてくる桜の視線が痛い。
「相変わらず仲いいなー、お前ら」
 昼休みになった。席へやって来て、お誂え向きだとばかりに含み笑う翼に、りんねは若干殺意を覚えながらも顔には出さない。
「鳳、その鳥の霊はなんだ?どこで取り憑かれた?なぜお前を攻撃する?」
 りんねは隣の桜を気にしつつそれを一息で言い切った。一刻も早く片付けたい魂胆が見え見えだ。
 四人は屋上に移動した。紙パックのイチゴオレを啜りながら鳳が事情を説明した。その間も霊鳥は彼女への攻撃を緩めようとはしない。
「なんか怒ってるみたいだね、この…鳳凰だっけ?」
 桜が水筒の蓋を閉めながら言った。思いがけず彼女が作ってきてくれた弁当を手に感動していたりんねと、羨ましそうにそれを見ていた翼が、揃って鳳凰の片割れを見遣った。
「……そういえば、鳳凰の『鳳』は、鳳の名前と同じ字だね」
 桜のその呟きに、りんねが何か閃いた顔をした。
「鳳。その霊は多分、壁画に描かれた鳳凰の牝の方だ」
「牝?」
 卵焼きを頬張りながらりんねは頷いた。
「鳳凰の『鳳』は牡、『凰』は牝をあらわすらしい。お前が貼った札には、名前が書いてあったんじゃないか?」
 そういえばそうだったかも、と鳳は頷いた。
「たから牝の鳳凰が勘違いしたんだろう、札の持ち主が牡の『鳳』なんじゃないかと。……だがいざ持ち主を辿ればお前がいて失望した。それで怒っているんだ」
 鳳はなるほどね、と自分の失敗に肩を落とした。鳳凰の牝は、いい加減鳳いびりに飽きたのか、今度は翼に懐き始めている。
「もう片方を見つけてあげれば、きっと牝の方も、大人しくお寺の壁に帰るよ。大丈夫だよ」
 元気づけるように、桜が言った。
「乗りかかった船だ。俺も協力してやるぜ、鳳」
 鳳凰の嘴をよけながら、翼が踏ん反り返った。桜にいい所を見せ付けたいだけなのだろうが、そんな魂胆が見え透いていたとしてもなお、鳳は嬉しかった。
 ……持つべきものは友達ね。
 そんなことを思ったが、なんとなく恥ずかしくて、結局言えずじまいだった。


 三人の協力を得て、ようやく鳳は依頼された仕事をやり遂げることができた。
 牡牝一対のあるべき姿に戻った鳳凰は、今でも時折壁画から飛び立っては現世とあの世の空を渡り、鳳のもとへ挨拶をしに訪れるという。





end.

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -