花嫁御寮  5:蝶の便り



 結婚式の打ち合わせからの帰り道。交差点の信号を渡った所で、桜はふと立ち止まった。目の前のビルのショーウインドー越しに、マネキンが着ているウェディングドレスに思わず目を奪われたのだ。
「きれいだね。ああいうのも、きっと似合うよ」
 隣で婚約者が笑う気配がした。桜はガラスに手を触れて、食い入るようにマネキンを見詰めている。
「……本当に、きれい」
 顔のないマネキンに向かって囁く彼女は、どこか淋しそうだった。

 家まで送って行くという翼の申し出を丁重に断り、雑踏のなかを一人歩いていた桜は、後ろから肩を叩かれた。
 振り向いてみて、驚愕する。死神鳳がそこにいた。
「久しぶり。元気にしてた?」
 通行人が鳳の身体を通り抜けていく。現世仕様のリボンはつけていないらしい。
「私はこの通り元気よ。でも、あんたは随分ひどい顔してるじゃない」
 鳳は桜の顔をのぞき込むなり、眉をひそめた。かまわずに、桜は人混みの中をまた歩き出した。
「ちょっと、どこ行くのよ」
「……家に帰るの」
「久しぶりに会ったんだから、少し話すくらいいいじゃない」
 それでも黙々と歩みを進めていく桜に、焦れた鳳は大声を張り上げる。
「あんたは知りたくないの?りんねに何があったのか!」
 びくりと桜の肩が震えた。もうおさげには結ばずに、おろしてある髪を揺らして、もう一度死神を振り返る。その先は言うなと訴えるように、そのまなざしには強い拒絶の色があった。それでも鳳は一気にまくし立てた。
「あいつは、堕魔死神になっちゃったのよ!おやじの言いなりになって、あんなに憎んでいた堕魔死神におちて、揚句の果てには、堕魔死神の女子なんかと結婚したのよ――!」
 怒りと、失望。たまらなくなって強く唇を噛む鳳を、桜は憐れむような眼差しで見た。
「可哀相な鳳。六道くんのことが、本当に好きだったのにね」
「えっ……」
 目を丸める鳳。唇が震え、今にも泣きそうな顔になる。
「桜──。あんた、なんでそうやって他人事みたいに言うのよ?あんただって、りんねのことが好きだったくせに」
 自嘲気味な笑みを浮かべて、桜は首を振った。
「でも、今は違うよ」
「なんでよ。十文字のことを本気で好きになったとでもいうわけ?」
「私は──」
 ふ、と桜は遠い目をした。
「六道くんを恨んだりしたくない。六道くんが裏切った、なんて思いたくない。だから、彼のことを思うのはもうやめることにしたの」
 青ざめた顔をして鳳は後ずさった。
「桜。あんたもしかして、このことを、」
 彼女が言い終える前に、桜はゆっくりと頷いた。
「知ってたよ。堕魔死神カンパニーのことも、結婚のことも。誰にも言わなかったけど、もう何年も前から」
 長い睫毛を震わせて、目を閉じる。あきらめの色がその声ににじんだ。
「六道くんはもう戻ってこないって、知ってた」





To be continued


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