花嫁御寮  4:消える花



 色褪せた鳥居に背をもたれながら、翼は目を閉じた。
 賑やかな祭囃子が長い階段の下の方から聞こえてくる。むさ苦しい熱気がそこまで立ち上ってくるようで、思わず手うちわで顔を扇いだ。八月も暮れだが、暑さはまだまだ厳しい。
 神経を研ぎ澄ませば、周りに地縛霊の気配を感じる。夏は四季のなかでもいちばん、この世ならざる存在にお目にかかることの多い季節だ。お祓い屋の翼にとって、この時期はまさに掻き入れどきだった。
 めぼしいところに、容赦なく聖灰玉を投げつける。
 砂埃が辺りに立ち込める。悪意ある霊達が恐れをなして退散していくのをしり目に、翼はふと懐かしい声を思い出していた。

 お前のやり方は間違っている。
 強引過ぎる、と言っているんだ。

 さめた眼差しで、彼にそう指摘した少年。
 初めて会ったあの日、一目見ただけで嗅ぎとっていた。あの少年がきっと、のちのち自分の脅威になることを。
「──俺が間違っているだと?だったら六道、お前はどうなんだ?」
 誰もいない鳥居の向こう側を睨みながら、いるはずのない人物に問う。

 十文字。真宮桜を守ってやってくれ。

 お前は俺が間違っていると言った。なのにどうして、あんな風に頭を下げた。
 本当は痛いくらい彼女のことを想っているくせに。俺に取られるなんて耐えられないくせに。なのになぜ、背を向けたりした。勝負を投げ出したりしたんだ。
 この、負け犬。
 心の中でそうなじってから、いや、奴は負けてなんていない、と翼は思い直す。むしろ離れてからの方がずっと、彼女の心は奴に傾いているのだから。
 負け犬は、果たしてどちらだ。
 もどかしさに翼は唇をきつく噛んだ。
「お前が何と言おうが、俺は強引にいくぞ。今更、待った、はなしだからな」
 小気味よく階段をのぼってくる下駄の音に振り返る。浴衣姿の桜が、今日はまた一段と可憐だった。
「ごめんね、待った?」
「ううん。今、来たばかりだよ」
 本当は浮かれてずっと前からここで待っていた。長年想いを寄せてきた彼女と過ごす時間は、かけがえのない宝物だ。
 真宮さん。
 そう呼びかけて、言い直した。
「──桜」
 彼女の背後で、夜空にひゅるる、と魂が昇っていったのが翼には見えた。間もなくそれは、ぱあんと盛大に弾けて、大輪の光の花を空に咲かせた。
 桜、俺と、
「……翼くん?」
 白い煙になってゆらりと揺れる、曼珠沙華のような花火の残像から目を離す。

「結婚しよう」

 もう突き進むしかない。
 その揺れる眼差しも、心も、何一つ余すことなく全て、手に入れてみせる。




To be continued


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