命をし全くしあらば球衣のありて後にも逢はざらめやも - 20 - | ナノ

命をし全くしあらば球衣のありて後にも逢はざらめやも 20





 黄金は毒々しい目付きをした。
「そなた、おのれが何をしたか分かっているのか。我らが魂はあの屏風に宿っている、それを忘れたか」
「……だからこそ、火を放ったのだ」
 白銀はより一層落ち着き払った声で告げた。
「私は全てを終わらせたい。この御方を、我らの呪縛から解き放って差し上げたい」
 美しき少年は自らの対のような少年が衝撃を受けているのを眉一つ動かさず見詰めた。
「犬夜叉様を、かごめ様のもとへお返ししよう――黄金」
 静かな声にはしかし、有無を言わせぬ響きがあった。もう何を足掻いても手遅れであることを悟ったのだろう。黄金はがっくりと頭を垂れた。七宝が逡巡しながらも、犬夜叉とかごめの眼差しに促されるように、遂には術を終わらせて、彼の縛めを解いた。
「苦しい、死とはかように苦しいものであったか」
 黄金は喉元を抑えて涙を流した。金のかぶりを振り、激しく咳き込みながらその場に崩れ落ちる。
「死は苦しいよ。しかし一度冥途に渡ってしまえば、あとは極楽だ」
 白銀は能面のような顔に、微かな笑顔を浮かべた。黄金はそれでもまだ苦痛に囚われた顔をしている。その表情にほだされたかごめは、犬夜叉の制止を振り切り、彼のもとへ駆け出した。消滅に怯える少年を、しっかりと抱き締める。
「ありがとう、黄金さん」
 すべらかな金色の髪に頬を寄せながら、かごめは優しく囁いた。黄金は目を見開いた。
「あなたと白銀さんがいなかったら、私はもう犬夜叉に会えなかったかもしれない……」
 ありがとう。何度も繰り返し、かごめは呟いた。彼女の目元にも、いつしか涙が光っていた。黄金は目を瞑り、忘れかけていた生者の温もりに感じ入った。
「死は恐ろしい――誰からも忘れられてしまうから」
「でも、犬夜叉と私は忘れない」
 かごめは振り返って、同意を求めるように犬夜叉に笑いかけた。お人よしの彼女に呆れ、けれど同時に深く感銘を受けながら、犬夜叉は頷く。
「お、おらだって忘れんぞ!貴様らのせいで、散々な目に遭わされたんじゃからなっ」
 蚊帳の外に追いやられて悔しそうな七宝が声を張り上げた。押し殺した笑い声が二つ重なり、驚いたかごめは目の前の少年の顔を覗き込んだ。
「そなたが巫女と呼ばれる所以が、分かったような気がするよ」
 黄金は口の端を緩やかに持ち上げた。彼女に向けて差し出した手が、幻のように段々と薄れていく。
「心ばかりのみやげを…残してゆこう」
 かごめは促されるがままに両手を出した。白銀が黄金の隣に片膝をつき、彼女の掌に薄れつつある自らの手を重ねた。その上に黄金が、もうほとんど霞んで見えない手を乗せる。
「犬夜叉様を頼みます。あの御方は、私の大事な曾孫なのです」
 かごめは瞠目した。言われてみればその金色の瞳は、犬夜叉のものとよく似ていた……。しかし白銀は、そんな彼女の驚きを頷きひとつで制し、振り返って犬夜叉のもとへ行ってやるよう促した。
「かごめ」
 待ちくたびれたように、犬夜叉が両手をかごめの方に差し出した。かごめは掌に光り輝く蓮の花を乗せたまま、待ち焦がれたその腕の中に飛び込んだ。
「一緒に帰ろう、犬夜叉」
 広い胸に頬を擦り寄せながら、かごめは言った。ああ、と少し震える声で犬夜叉は返した。蓮の花が幾筋もの閃光を放ち、辺りは目も眩むような眩しさに満ちた。
 どこからともなく、色褪せた火鼠の衣が舞い落ちてきて、光の中に消えた。




To be continued to Epilogue 

back

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -