小噺集 @




ツイッターの診断メーカーで出たお題をもとに書いた小噺集です。
CPだったりそうじゃなかったり。片想いだったり両想いだったり。

 
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【『寝てしまった相手の髪を撫でている』『朧鳳』を書きましょう。】


「鳳さまのバカヤロー!」
「なによ、朧なんて大っ嫌い!」
 今日もまた些細なことで朧と大喧嘩をしてしまった。互いに誰よりも近い位置にいるから、気の置けない仲ではあるけれど、だからこそどうしても、言葉に歯止めがきかなくなる。要らない一言を言って、傷付け合ってしまう。
 それでも、死神が主人で黒猫が従者という力関係は絶対だから、最終的には朧が妥協する破目になることがほとんど。歯を食いしばって謝罪する朧を見下ろすと、心底いい気味だと思う。でもその反面、後になってどうしてもばつが悪くなって、次からはあんなこと言わないようにしなきゃ、とひそかに反省してしまう。
 すうすう、と寝息が聞こえて振り返る。喧嘩疲れでくたくたの朧は、私の天蓋つきのベッドで眠っていた。
 パジャマに着替えたあと、私はその隣に横になってみた。ベッドのスプリングが音を立てても、ぐっすり眠っている朧は気付かない。
「……寝顔はかわいいのに」
 そう、その安らかな寝顔は、赤ちゃん猫だったあの頃と寸分と違いない。かわいいかわいい、と赤ちゃんの朧を抱き締めていたあの頃は、まだ二人とも幼くて、ひとつのベッドで眠ることもしばしばだった。けれど、お互い成長してしまった今となっては、さすがにそうも出来ない。ただでさえ、年頃のお嬢様の部屋に年頃の雄猫がいるなんて、と時々ばあやが小言を言っているのに。
「心配性なばあやね。なにもあるはずないじゃない」
 私は笑いながら朧の頭に触れた。黒い毛の手触りは相変わらず柔らかだった。そのままそっと、起こさないように優しく、前髪を撫でてやる。ごろごろ、と微かに朧の喉が鳴ったのを、私は聞き逃さなかった。
「おやすみ、朧。今日は、ごめんね」
 朧の頭をかき抱いて、欠伸をする。昔はよくこうして朧を抱き枕にしていたっけ。そう思うと懐かしくなって、なんだか頬が緩んだ。
 実は朧が狸寝入りしていたらしいことを知るのは、次の朝のこと。



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【『一緒にお買い物をしている』『架鈴』を書きましょう。】


 ──だから連れて来たくなかったんだ。髑髏型の風船を持ってはしゃぐ鈴を横目に、架印は頭を抱えた。
「架印さまーっ、あれ欲しいです!あっ、これも!」
 あの世の縁日に来ている。彼の財布に入っている金額はわずか八百円。きらしている死神アイテムが色々とあるので、終業後に一人でこっそり来て、要るものだけを買ってすみやかに帰ろうと思っていた架印だったが、家の玄関口ではなく窓から出掛けようとしたとき、運悪く掃除をしていた鈴に見付かってしまった。おかげでこうして彼女を伴う破目になってしまい、せがまれて仕方なく鼈甲飴や風船などを買い与えてやっているうちに、財布の残金はいつの間にか四百円をきってしまっていた。
「この髪飾り、かわいいなあ〜」
 鈴が今度は少女趣味なアクセサリー等の売っている出店にはりついたまま離れようとしない。仕方なく鈴の肩ごしから、彼女が手にしている商品を覗き込むと、それは黒いサテンリボンのついたカチューシャだった。いかにも母上と鈴の好みそうな髪飾りだな、と思いながら値札を見て架印は戦慄する。三百五十円。残金四百円をきっている彼に、この散財は痛い。
「今日は我慢しろ、鈴。金がない」
 溜息をつきながら架印がその肩に手を置くと、鈴は頬を膨らませて振り返った。そのまましばらくにらめっこする。うるうる、と彼女の琥珀色の瞳が潤んでくる。架印の吊り上った眉が徐々に下がってくる。
「……仕方ないな。今回だけだぞ」
 ここはもう妥協するしかなかった。嬉しさのあまり、抱き着いてくる黒猫の頭を撫でてやりながら、
(六道りんね、きさまのせいでぼくはこんな目に)
 架印は理不尽な怒りを、かの赤髪の少年に向けていた。

 

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【『初めて見る私服姿にドキドキしてしまう』『りんさく』を書きましょう。】


 思えば同世代の誰かと出掛けることなんて今までなかった。ちゃらけたことに使う無駄金は一銭もないし、そんな暇があればむしろ一秒でも長く働いて、一円でも多く稼ぎたくて。同級生の奴らがゲーセンで遊んだり、映画を観に行ったり、デパートで新作の商品をひやかしたりしてはしゃいでいる頃、俺はひとり羽織を着て黄泉に出張っていた。
 だから正直、この状況に戸惑っている。中学時代の同級生だったというミホと幽霊、けちなリカ、突然現れた転校生の十文字、そして最近なにかと関わることの多い真宮桜、この面々でこうして遊園地に来ることになったなんて。
 なかなか落ち着かない。十文字と並んで楽しそうな真宮桜を見ていると、目が離せない。今日は浄霊目的で来ているはずなのに、こいつらはそんなことはすっかり忘れて浮かれているように見える。少なくとも十文字は。なんだか拍子抜けするようだ。
 別にあの二人がこれをきっかけに付き合おうがなんだろうが関係ないはずなのに、結局霊のことをほったらかして奴らのことばかり気にしている。今日の俺は、やっぱり少しおかしいのかもしれない。
 気を紛らわすために財布の残金を思う。これも死神の務めと、多少の散財は覚悟の上でやって来た。が、思った以上に費用がかさんでしまって血の涙も出したい気分だ。と思っていたら本当に出てしまっていた。
 一行はいつの間にかゲーセンコーナーに移動していた。普段はけちなリカがUFOキャッチャーごときに血道を上げて無駄金を使っている。へたくそ。見るに耐えられなくなった俺は仕方なく助力することにする。流れで真宮桜の分もとってやることになった。金を出したのは十文字だが。
「大切にするよ」
 俺がとってやった不格好なイルカのぬいぐるみを抱えて、真宮桜は屈託なく笑った。あ、この笑顔、好きだ。そう思ったら頬がかっと熱くなった。らしくもなく気分が高揚して、ついさっきまで見ていた景色がまったく違うものに見えた。
 思えば真宮桜の私服姿を見るのはこれが初めてだ。女子らしい花柄のワンピースを着ている真宮桜。いつもと違う出で立ちに緊張する。おかしいな、さっきからなぜこんなに心臓がうるさいんだろう。



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【『傘に隠れてキスをする』『翼鳳』を書きましょう。】


 私はいつも空回りしてばかりだ。行方不明になった姉をさがしてみれば、憎い敵に懐柔されていて。堕魔死神を捕まえようとすれば、へまをして逃がして。好きな男に迫ってみれば、そいつの心はもう別の女が占めていて。
 なんでこう、何もかもがうまくいかないのかしら。
 むしゃくしゃしながら曇天を飛ぶ。程なくして雨が落ちてくる。しとしと、しとしと。傘がない。
 下方を見るとちょうど黒い傘が一つだけ見えた。これみよがしに十字架が書かれているから絶対にあいつに違いない。私はその傘を目指して下降した。
「いーれて」
 すっと傘に入ると、十文字翼はぎょっとして傘を取り落とした。いまにも聖灰を投げつけてそうな雰囲気なので、すかさず拾った傘を盾にする。
「あんた、いちいちそれを使わなきゃ気が済まないわけ?」
「やかましい。いきなり現れるな、心臓に悪いだろうが」
 悪かったわね、一応謝ったのに誠意が感じられなかったのか十文字は顔を顰めている。
「……まあいい。で、俺に何の用だ」
 私は傘の柄をくるくる回して、水滴を辺りに撒き散らしながら、別に用事なんてないわよと言った。
「六道に会いに来たんじゃないのか?」
 十文字は水滴を迷惑そうによけながら怪訝な顔をする。
「別に」
「ほお。じゃあ用事もなしに現世(こっち)に遊びに来ていたのか。随分と暇なんだな、死神ってのは」
「うるさいわね」
 私は十文字につかつかと歩み寄って、胸倉を掴み寄せた。傘を私に奪われてすっかり濡鼠になっていて笑えた。
「おい鳳、何がおかしい」
 ムキになっていてますます笑える。ちょっとからかってやろうか。私はつま先立ちをして、顔と顔との距離をぐっとつめた。
「ね、十文字、あんたに会いに来たって言ったらどうする?」
 えっ、と十文字は聞き返してきた。けれど二度は言わない、二度目の嘘は本物になってしまいそうだから。傘を持っていない方の手で、私は十文字の目を塞いで、つかの間目を閉じた。



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【『相手の背中に「好き」と指で書く』『架れん』を書きましょう。】


 生徒会長と副会長、架印先輩と私を結び付けるのはその肩書き。生徒会に入って本当に良かったと思っている。入学した時から憧憬していた先輩の側にいられるようになったから。
「れんげ、きみは本当に頼りになるな」
 先輩に褒めて貰えると嬉しかった。両親や先生に賞賛されるより何十倍も何百倍も。誰よりも先輩に見ていて欲しかった、努力している私の姿を。
 ──けれど、そんな先輩も今日で生徒会を引退する。生徒会長の座は副会長である私に引き継がれる。ここでこうして先輩と時間を共有できるのも今日限り。書類を片付けたり、戸棚を整頓したり、雑務に追われている先輩の背をぼんやり見詰めながら、私は逡巡していた。告白するなら今かもしれない、と。
「どうした?れんげ」
 視線を感じたのか、先輩が振り向いて首を傾げた。蛍光灯の明かりで、前髪が銀色に輝いている。
「……架印先輩がいなくなってしまうと思うと、寂しいです」
 私は正直に心境を打ち明けた。先輩はターコイズブルーの瞳を一瞬だけ丸めて、それから優しく細めた。
「ぼくも同じだ。れんげ、きみとはとても良く気が合ったから」
 先輩は私の肩に手を置いて、ぽんぽんとさせた。それからまた私に背を向けて、中断していた作業を再開し始めた。私は先輩の手が触れた肩に手を置いて、このまま時間が止まってしまえばいいのにと思った。いつまでもずっと、ここでこうして、その背を見詰めていたかった。
「先輩、私、先輩に伝えたいことがあるんです」
 勇気を出してそう告げると、先輩は一瞬また振り返りそうな素振りを見せたので、私は咄嗟に「振り向かないでください」と言った。
「れんげ?」
 私は先輩の広い背に指を滑らせた。
 ──好きです。
 きっと伝わりはしないけど、今はそれでいい。一瞬だけでも思いを形にしたいだけ。言葉に出して伝える機会はまだこの先もあるはずだから、今はただこうして、憧れの背中に触れさせていて。



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