When summer comes






 夏至も過ぎたある日のよく晴れた朝に、窓を開け放って、かすかに吹き抜ける風を頬に受けて、木々から溢れ出す蝉の声をきいて、ひときわ大きな入道雲を見上げて、草木の薫りを吸い込んで、目をとじる――
 夏を痛いほどに感じるのはそんなときだった。

 わたしには欠けた記憶がある。
 十歳の夏、両親とともに神隠しにあった。
 その期間の記憶がない。
(一度あったことは忘れないものさ。思い出せないだけで)
 そういわれたような気がして、けれどいつどこでだれにいわれたのかは思い出せない。
 ――忘れることと思い出せないことは、ちがうことなの。どちらも同じことのように思えるのに。
 そんな疑問に押しつぶされそうになったとき、ふと、あのときからずっと大事にしている、あのきれいな紫色の髪留めで、ポニーテールを結いあげてみる。
 そうすると心がすっと晴れて、なぜかわけもなく涙が溢れてくる。

 会いにいきたいよ。あのトンネルをぬけて。

 けれどそうしてはいけないのだと、この髪留めはいつだって優しくわたしをいましめる。
 同じ失敗を二度繰り返すことができるほど、人生は長くない。
 だからもう決して振り返るなと。

 ランドセルを背負った少女たちがはしゃぎながら脇を通りすぎていく。
 水着のはいったビニールバッグ。まだ乾いていない髪。低い背丈。ひょろひょろの脚。
 その瞬間、わたしは十歳の少女に戻って、懐かしい場所で、懐かしい手を握りしめながら、懐かしい声をきいていた。
(さあ、行きな。振り向かないで)

 来る年も来る年も、心に、肌に夏を感じる。それは痛くて懐かしくてそして、泣き出したくなるほどに愛おしい。




end.


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