七夕 - 前編 -





 あの世の商店街はいつにも増して賑やかだった。
 七夕が近いので、あちこちで笹や短冊を売る出店が見られる。その約九割が優良店とはいえど、たかが笹ごときに五百円なんて、と貧乏なりんねにとってはやはり法外な値段としか思えない。しつこいキャッチセールスに遭わないよう、自然と早足になる。
 そんななかでも、一際多くの死神たちが群がっている一角があった。りんねはそこも足早に通り過ぎようとしたが、肩から顔をのぞかせた六文が、その肩を叩いて引き留めた。
「くじ引きやってますよ。りんね様」
 りんねは立ち止まって振り返った。なるほど、出店のひとつに集まった若手死神たちが、やけに熱狂的に騒いでいるのが見える。
「ああ…そういえばさっき、くじ引きの券をもらったな」
 ジャージのポケットをまさぐると、それはすぐに見つかった。
「せっかくですし、並んでみましょうよ」
「あの連中に混ざるのか?」
「だって、券がもったいないじゃないですか。何かもらえるかもしれないのに」
 人混みに若干うんざりしながらも、黒猫の言うことは最もなのでりんねは仕方なく列の最後尾に並んだ。が、すぐ前に並ぶ人物が振り向いたのを見るや、すぐに引き返そうとした。すかさずその人物が、鎌の刃で彼の脳天を直撃した。
「なんで逃げるのよ、りんね」
「……なぜお前がここに?」
 頭にたんこぶを作ったりんねが面倒くさそうにきくと、死神・鳳は恥じらいもあらわに頬を上気させた。
「やーね。もちろん、くじ引きの賞品が欲しいからに決まってるじゃない。なんてったって今回の一等賞は……」
 その時、前方でからんころん、とベルが鳴り、観衆がどよめいた。凰の契約黒猫・朧が背伸びしながら眉をひそめた。
「おい。鳳さま、どっかの奴が一等を当てたみてーだぜ」
「ええーっ!?嘘でしょ…」
 鳳はがっくりと肩を落とした。
「恋愛成就の短冊は私がとるはずだったのに…」
「……恋愛成就の短冊?」
 りんねが露骨に嫌そうな顔をした。無論、彼女が誰との恋愛を叶えようとしたかは明らかだ。危ないところだった。
「鳳さまはあの短冊を狙って、もう十回以上もここに並んでるんだぜ。ま、何度やっても当てるのは参加賞のティッシュばっかりだけどな」
 小馬鹿にしたような笑い方をする黒猫の頭部を鳳は拳で殴った。
「いって!何しやがるこのワガママ死神!」
「少しは態度をわきまえなさいよ、この駄猫!」
 はた迷惑な二人が騒ぎ始めると、周囲の視線が一斉に彼女たちの元へ集まった。りんねはさりげなく彼女達と間を置いた。昂じた鳳がついには爆弾を手にしたのをみて、業を煮やした係員が二人を列から外させた。
 りんねが安堵したのもつかの間。今度は頬被りをした父・鯖人が鳳と入れ違いで現れた。意気揚々と、大量の借用書を抱えながら。
「やありんね、やけに後ろが騒がしいと思ったらお前だったのか」
「……なぜお前がここに?しかもなぜそれを俺に押し付ける?」
 借用書の山を是が非でも息子に受け取らせようとする父をりんねは鎌で殴った。鯖人は口をへの字に曲げる。そんなろくでもない父と額を突き合わせてりんねは眉根を寄せた。
「こんな人混みに現れたのがお前の運の尽き。このまま記死神に身柄を引き渡してやる」
「パパを役所に売ろうっていうのかい?」
「当然だ」
 諸悪の根源は不敵に笑った。
「りんね、お前はまだまだパパには敵わない」
「……何?」
 鯖人はりんねの後方を指差して、あっと声を上げた。
「あんなところに、あの人間のお嬢さんがっ」
「えっ!?」
 ――真宮桜が!?つられて振り返ったりんねだったが、彼が連れて来てもいないのに彼女の姿があるはずがない。振り向けば既に父は忽然と消えており、残されたのは借用書の山だけだった。
 その上にぽつんと置かれているのは、一等賞の、恋愛成就の短冊。あんなろくでなしに、すべてを見透かされているようで、どうも癪にさわった。




To be continued



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