啼鳥 - 5 - | ナノ

啼鳥  5
R-15
 

 褥に身を横たえ、りんが湯浴みをすませるのを待っている殺生丸もまた、苦々しい過去を思い出していた。

 人里にあずけて以来、りんは変わった。彼の腰丈ほどにもみたなかった背丈が、筍のように伸びはじめる。身体の線はどんどんまろやかになる。まとう匂いすら乳臭い小娘のものから、色めき立った女のそれへと変化する。
 殺生丸は驚きを禁じ得なかった。一体あれからどれほどの時が経ったというのだ。──たった数年ばかりではないか。
 はじめて時の流れに思いを馳せた。日の沈む数を勘定し、その間にもすくすくと長じていく娘を横目に、ひどく焦燥した。ふとした瞬間に乙女の表情をみせるようになったりんに。そして別れた後も、その顔を忘れがたく思う己に。
 もはや娘をみるその目に宿るのは、庇護者の眼差しではなかった。これまで誰にも抱いたことのない、熱情そのものだった。
 それを押しこめるようにして、やがて娘との決別を心に誓ったのは、ひとえにりんを思ってのことだった。
 ──妖と人とは相容れぬものなのだ。
 従者にたくしたその言葉が、全てを物語っていた。
 日没を何度勘定してみても、結局彼にはその実感が湧かない。その隣でりんは、ああ今日も日が暮れちゃうね、などと一日が終わってしまうことを心底惜しんでいる。妖の姿はいにしえの時からほとんど変わらず、それに反して娘の姿は日々めまぐるしく変わっていく。
 そもそも、二つの流れがまるっきり異なるのだ。ゆえに到底、理解することができない。
 決して交わることはない。──そう自分に言い聞かせつつ、慈しんだ娘の幸福を信じ、妖怪は長らく離れていた西国へと帰還した。

 西国の暮らしは退屈だった。全てが風雅で華やかで、何ひとつ代わり映えがしなかった。
 人界と隔てたところにある屋敷には当然、人間など寄りつくはずもない。名高き大妖怪に、戦いを挑もうなどという愚かな妖怪もここには存在しない。
 そして、ふと気付けば、東国に残してきたりんのことを終始気にかけている自分が未練がましい──。
 ますます仏頂面になっていく息子を面白がって、母がはるばる天空から訪ねてきては、暇ならば人界へおりて六波羅の稚児でも食ってこい、そろそろ番いを娶って胤【たね】を残してはどうだ、などといちいち癪にさわることばかりいう。
 前者はともかく、後者の婚姻のくだりに関してはおそらく、母の本心からの言葉だっただろう。
 知っていながらも殺生丸が右から左に聞き流していると、母はやがてこれみよがしに同族の女妖怪を引き連れてくるようになった。仕方なしに何度か対面するうち、相手方はすっかり彼の虜になったようである。なおも彼自身は相手に対して微塵の興味も抱いてはいなかったが、結局は母が婚儀を取り纏めることとなった。
 ──高貴の血を引く子を残すこと。その責務を果たすのみ。
 殺生丸はこの婚姻をそう受け止めていた。そうして、贅を凝らした王朝絵巻さながらの式を挙げ、なんの感慨もなく花嫁との初夜を終え、ここでの暮らしはやはり何の味気もないと、一層冷めた思いがするばかりであった。
 だが、自室へ戻ろうとした彼を、驚愕が待ち構えていた。
 いるはずのない者の匂いが、外から香ってくる──。
 まさかと思いつつも飛んでいけば、屋敷の門の手前でかの娘が眠っていた。子猫のように身を小さく丸め、悪夢にうなされていたのか、眠りながら顔をゆがめて泣いていた。
 いったいなぜりんがここにいるのか。殺生丸には見当もつかなかったが、そんなことはどうでもよかった。眠るりんを抱いて自室に戻り、そして、目が覚めるのを待って──


「……お館様?」
 気が付けば沐浴から戻ってきたりんが、髪から水をしたたらせて、障子のところにたたずんでいた。
 殺生丸は近くに寄るよう視線で促すが、彼女はなかなか動こうとしない。彼の夜着の合わせ目付近を見つめる瞳がぼんやりとしている。りんもまた殺生丸と同じように、過去を回想していたのかもしれなかった。
「なにを考えていらしたんですか?」
「知りたいか」
 りんが小さく頷く。ならばここへ来い、と彼は抑揚なく呟いた。言いつけ通り近づいてきたりんの手首をつかんで引き倒し、床に組み伏せる。
「お前のことを考えていた」
 濡れた髪に指をからませる。しっとりと指に纏わりついてくる。
「……わたしのことを?」
 小さな声でりんが訊くと、殺生丸は小さく頷いた。彼女の夜着を寛げて、そのなかへ手を差し入れる。りんの身体がこわばったが、緊張をほぐすように時間をかけて丹念に押し進めた。


 夜伽を終えて眠りに落ちたりんを腕に抱きながら、殺生丸は、彼女が初めて彼に身を委ねた日のことを思い出している。
 別れを告げたのは彼であったが、りんを再び取り戻したその日、もう二度と離してなるものかという思いに駆られた。
「私のものになれ、りん」
 人里になど帰してはやらぬ。命ある限り、傍に置いて愛でてやろう──。
 破瓜の痛みになくりんの声は、罠にかかった小鳥の啼き声によく似ていた。
 痛々しく、耳を塞ぎたくなるようで、儚くて、そして愛おしかった。
 



To be continued

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