疑問




 机の反対側から、じっとりんねを見つめながら、出来上がった造花を手に桜は小首を傾げる。
「六道くんは、どうして私だけフルネームで呼ぶの?」
 
 えっ、とりんねは言葉に窮した。
「どうして、って言われても」
 べつにこれといった理由は、と小声で言いながら、ちらりと同級生を盗み見る。
「なぜいきなりそんなことを聞くんだ?」
 彼女は偽の花びらを指先でいじりながら、
「他の人のことは名字か名前で呼んでるのに、私だけわざわざフルネームだから」
 いつもどおりの淡々とした調子で答える。
「なにか理由があるのかと思って」
 心の奥底を見透かすようにじっと見つめてくるので、落ち着かなくなったりんねはその視線から逃れるように、作りかけの造花に集中するふりを装った。
 理由なら大いにある。
 名字で呼ぶべきか名前で呼ぶべきか、いまだに判断がつかないからだ。
 名字で呼べばなんとなくよそよそく聞こえ、名前となると今度は馴れ馴れしい。
 ようするに、二人の間の距離を測りかねている。
 ただの「同級生」としての彼はどこの立ち位置にいるのか。桜の方はその距離をどう思っているのか。
 ……今よりもう少し近づけたらと思っていることを、彼女が知ったらどう思うか。
 疑問に思ってはいても、鉄仮面の桜は滅多にその心を明かさず、決定的なことはまだなにも分からないので、フルネームという曖昧な呼び方で濁すしかない。
 片思いというのはもどかしいものだ。りんねはそっと溜息をつき、作り終えた花を仕舞うためにダンボールを寄せた。
「なら、お前はどう呼んでほしい?真宮桜」
 あわよくばこれで桜の心を確かめられるかと、微かな期待を持たせながらりんねは訊いてみるが、
「私はどっちでも。六道くんに任せるよ」
 あっさりと決定権を返してよこされ、またひとつ嘆息した。
 ──彼女は彼をどう思っているのか。二人の距離は近いのか、それとも遠いのか。
 それはやはり、いつか彼が自分自身で晴らさなければならない疑問。



end.


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