五月晴れの澄み渡った上空に、常人の目には見えない少女の姿があった。白のセーラーにサイハイソックス、ごてごてと少女趣味な装飾の施された鎌を持ち、頭には大きなリボンを乗せていて、いかにも派手もの好きといった趣味が窺える。 彼女の名を死神・鳳という。 あの世ではそこそこ名の知れた良家の子女だった。 今日も一人でも多くの堕魔死神をさがし出して、その手で引導をくれてやるべく、彼女は空中をパトロールしている。 ──もっともその力量は程度が知れていて、大抵は獲物を取り逃がして地団駄を踏む、という結末に終わるのだが。 しばらく飛んでいると、三界の街に差し掛かった。いまだ上空に堕魔死神の姿はない。飽き性の鳳の意識は既に、死神の任務からはかけ離れたところにあった。 この街には彼女の片思いの相手が住んでいる。完全な同族というわけではないが、半分は死神の少年だ。 鳳はいまや堕魔死神のことなどすっかり忘れて、彼のことばかり考えていた。 ──裕福な家庭に生まれ、金に困ったことのない彼女に、今まで手に入れることのできなかったものなどないに等しかった。 けれど、あの少年だけはなかなか彼女のものにならない。それもそうだろう。人の心は金で買うことはできないのだから。 だからこそ鳳はより一層、彼にのめり込んでいく。 「せっかくここまで来たんだし、会いに行ってみようかな」 そわそわと前髪を撫で付けながら、彼女は下降を始めた。 残念ながらクラブ棟にりんねの姿はなかった。 「六道なら、さっきあの世に行ったぞ。真宮さんを連れて」 居合わせた霊祓師の少年が、仏頂面で告げる。最後の部分がやけに恨みがましく聞こえる。 「桜のやつ、また私とりんねの邪魔をして」 口惜しげに拳を震わせる鳳を見遣り、翼は片眉を上げながら訂正した。 「真宮さんがなぜお前らを邪魔する必要がある。六道のやつが、俺と真宮さんの邪魔をしているんだ。まったく」 いったいどこからその自信が来るのか。 「だいたいね、十文字。あんたがさっさと桜を落としてしまえば、こっちだってなんの障害もなくなるわけよ」 自信満々に鳳が言う。やはり似たもの同士である。 「人のこと言えるか。お前の方こそ、さっさと六道を落とせばいいものを」 「だから一応、努力はしてるじゃない」 「どうだか。第一、お前は押しが弱すぎるんだ」 「なんですって。あんたこそ人のこと言える立場?」 不毛な押し問答を何度か繰り返したあとで、はあ、とともに片思いを抱える少年少女は溜息をつく。 「……俺も死神に生まれればよかったな」 翼がぽつりとそんなことを言うので、鳳は怪訝な顔をした。 「なによ、いきなり」 「いや、そしたら俺が真宮さんを向こうに連れていけたのになって」 「は?」 ──なんとなく名前負けしてるような気がするんだよな、俺。 溜息をつきながら呟く翼に、ふん、と鳳は鼻を鳴らす。 「十文字、あんたバカじゃないの」 「なっ」 彼女は翼の鼻先に人差し指を突き立てて、 「さっきまでの自信はどうしたのよ。え?」 「お、おい……鳳?」 「そんな弱腰でどうするの、って言ってんの。十文字、あんたの取り柄は図々しさだけでしょうが」 それからその手で拳をつくり、彼の左胸にどんとぶつけた。弾みで後ろに数歩よろけた翼に、にやりと笑いかけ、 「いつか必ず落としなさいよ。桜のこと」 プリーツのきいたスカートをひるがえして、空へと飛び立っていった。 不本意ながらも、その一瞬の笑顔がなぜか印象深くて。 左胸を押さえながら、戸惑いを抱えた翼は上空を見上げる。 その名のごとく、蝶のようにきまぐれに、大鎌を抱えた少女はいずこへと去っていった。 back |