──世界が丸いということを教えてくれたのは、いったい誰だっただろう。
 ドラコは漆黒のアンティーク・キャビネットの奥から、懐かしの品を取り出した。長年手つかずのままだったにもかかわらず、埃ひとつかぶっていないそれは、真鍮と純金で出来た天球儀だった。いつかの誕生日に、遠戚から贈られたものだ。
 彼は天球儀をそっと机上に置いた。するとそれはにわかに魔力を取り戻し、ひとりでにゆっくりと回転をはじめた。
 ちりばめられた星が様々な色にまたたき、長い眠りからとつぜん目覚めさせられた美しき乙女座は、眩しそうにまばたきをし、人頭足馬のケンタウルス座は、その蹄で勇ましく天空を掻き、獰猛な蠍座は、鋭利な触肢をかしゃかしゃとならす。
 たしか母方の実家であるブラック家から贈られたものだったはずだ、と彼は記憶している。ブラック家の者の多くが星の名にゆかりを持つ。漆黒の天空に輝く星々に、子孫がとこしえの栄耀を極むようにと、先祖が望みを託したのだろうか。
『ドラコ、世界というのは丸いものなのだよ。けれど……』
 ──けれど、その後に続く言葉は、いったい何だっただろう。
 それでも今のドラコには、その続きが何となくわかるような気がした。
 窓からの風で、天球儀のすぐそばに広げられた日刊預言者新聞のページがめくれる。大きなモノクロ写真のなかで、彼が愛した女性がわらっている。他の男のとなりで。腕の中に生まれたばかりの赤ん坊を抱えて。
「──あなた?」
 ドラコはゆっくりと振り返った。臨月の妻が大きくふくれた腹を重たそうに抱えて、不思議そうに彼を見詰めている。
 彼はふっと寂しげな微笑みを浮かべ、天球儀の蠍座が彼の指先を鋏もうと、触肢をならしているのを見下ろしながら、ささやいた。
「……アステリア。その子の名は、スコーピウスにしようか」
 
 

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