冷笑 | ナノ

冷笑



「おやじ。俺が堕魔死神カンパニーを継いでやるよ」
 少年は微笑した。



 鯖人は目の前の光景に愕然とした。かつて自分が使っていた和造りの社長室のあちらこちらに、大量の紙が散乱している。家捜しした後のように雑然とした部屋。障子は無残に破け、畳は床から剥がされ、家具のたぐいはどこにも見当たらない。
「……これは、一体」
 途方に暮れた声で鯖人は呟いた。現在この部屋の主である少年は、窓枠に腰掛けて破れた障子の外を見詰めている。漆黒の襟巻に隠れた肩が小さく震えている。何が可笑しいのか、くすくすと笑い続ける生き写しの一人息子。
「……悪いな、おやじ。この会社、もう潰れたよ」
 顔の半分を片手で覆いながら、笑いの合間にりんねは言う。青褪めた父が近寄ってきて胸倉を掴み上げるのを、彼は半月型に歪めた瞳で見据えた。
「りんね、お前…この会社に何をした」
「強いて言えば、何も」
 気だるげに言うと、りんねは胸倉を掴む父の手を邪慳に振り払った。
「このろくでもない会社が潰れていくのを、ただ黙ってここで見ていただけだ」
 破れた障子の向こうに見える霧のかかった世界を、少年は目をついと細めて見晴かす。口元に薄っすらと浮かぶ微笑と相まって、その佇まいは少年の裡に秘めたる狡猾さを際立たせた。
「前に言っただろう?必ずこの堕魔死神カンパニーをぶっ潰す、と。……俺がこの会社を継ぐと言った時、俺がそう言ったことも忘れて、お前はまんまと騙されたようだがな」
「お前……!」
「恨むなら恨め。俺は…例えお前に殺されようとも、後悔はしない」
 りんねは近くに落ちていた紙の一つを拾い上げて、掌の内でぐしゃりと潰した。途切れることなく顔に貼り付けられた微笑。──人を騙す蠱惑的で狡猾な微笑。
 鯖人は苦々しさを噛み締めながら、思った。この少年はやはり、自分の血を分けた息子なのだと。
「この会社の存在は、俺にとって癌でしかないんだ。……そしてお前も」
 その声は一層低く響いた。掴みどころのなかった微笑は、いつしか冴えた冷笑に成り代わっていた。
「邪魔なものは徹底的に排除する。俺のこの先の人生に染みが出来ないように」
「……りんね」
「そのためなら、俺は何でもする」
 鯖人は疲労困憊を覚えながら、部屋の隅に堆く積まれた紙の山を見遣った。息子のあまりの変化に精神が追い付けず困惑した。
「一体…、お前に何があった。りんね」
 少年は更に微笑した。眼差しを、理想郷を探すかのように遠くへ向けて。
「好きな女がいるんだ」





end.

 
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