歌姫


 フルムーンの歌は奇跡だと人々は言う。
 透き通った歌声は聴く者の心を打ち震わせ、強烈な印象を焼き付ける。あるいはそのために彼女は歌を歌うのかもしれなかった。限りなく透明な歌声に籠めた身を焦がすような思いを誰かにうつしたくて。
 やがて彼女が病に負けて朽ち果てたとしても、人々の心に彼女の歌声は生き続ける。かの人への届かぬ魂のさけびは、そうして彼女が居なくなった後の世界にもこだまし続ける。
 忘れることが怖い。忘れられることが怖い。
「英知くん」
 帰らぬ人を思い心の中で絶えず涙を流し続ける。それでも表情では天使の笑みを繕い、彼女は今日もオラトリオにも似た清らかな旋律を奏でる。底をつこうとしている命をより速く消耗するように、余すことなく使い果たすように、喉から声を絞り出しながら。
 ──神様どうか早く私をあの人の待つ場所へ連れて行ってください。



end.

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