明星


 死神界での用事を済ませ、現世に帰ってくると既に黎明の頃合だった。
 薄明るくなってきている夜空を見上げながら、
「あれ?さっきまでまだ夕方だったのに。もう朝になっちゃうね」
 驚く桜に、りんねは脱いだ羽織を肩に掛けて申し訳なさそうに事情を説明する。
「あの世と現世では時の流れが異なるんだ。だから時々こういう風に時差が生まれることがある」
「へーそうなんだ…」
「こちらがどんなに気を付けていても、どうなるかはその時々の霊道の具合によるからな。……だがすまん、こういうことはもっと早くに知らせておくべきだった。きっと家族が心配しているだろう」
「ううん、大丈夫だよ。リカちゃん達とお泊まりしてたって言うから」
 桜は空を見上げたまま目を細めた。
「そういえば、あの時も同じだったよ。私が神隠しにあった時」
「帰ってきたら時差があった、ということか?」 
「うん。一週間も経ってた」
 りんねは呆れたように溜息をつく。
「おばあちゃんが帰り道に付き添ってやらなかったからだな。まったく」
「魂子さんには充分助けてもらったよ。でも帰って一週間も経っちゃってたら、本当に神隠しだよねえ」
 死神も神と名のつくものであるから、神隠しと呼ぶのもあながち語弊でもないのかもしれない。桜がふふっと笑うと、りんねもつられて頬を緩ませた。すると二人は顔を見合わせて、そこで初めて至近距離にいることに気付いたように、同時にぱっと顔を逸らした。
 反対方向をむきながら、二人は同じことを考えていた。もし翼やリカ達がこの場に居合わせていたとしたら、一体何と思われるだろうと。
 彼等の思うことはきっとただひとつだろう。
 りんねと桜が「朝帰り」した、と。
(……朝帰り!?)
 首元まで赤くして頭を抱えたのはりんねの方だった。表現としては間違ってはいないのだが、大分問題のある単語だ。
 ちらっと桜に一瞥を送ると、彼女は既に思考から脱却して暢気に空を見ていた。反応なしか、もしかして俺って何とも思われてないのかも、とりんねは少ししょげる。彼女の感情が読めないのは今に始まったことではないはずなのに。
 すると、
「ね、六道くん。あそこ見てみて」
 桜がりんねの肩をつついた。のろのろと顔を上げると、彼女は有明の月のすぐそばに輝く星を指さしていた。
「あれ、明けの明星だよ」
「明けの明星…」
「うん。きれいに見えるね、『朝帰り』して得しちゃった」
 そう言って笑う桜に、りんねは心がとけるような思いがして、ほんの少し勇気を出して、すぐそばにある手を握ってみようかと思い立ち、小さな手に遠慮がちに触れてみた。
 彼女は何も言わずに、彼の手を握り返した。
 そうしてそのまましばらく、二人で同じ景色を見上げていた。



end.

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