啼鳥 - 4 - | ナノ

啼鳥  4
 

 りんが楓の村にあずけられてから数年後、殺生丸の訪問がぱたりと途絶えた。
 ──妖と人とは相容れぬものなのだ。お前との縁も、最早これまでと申しておられた。
 主から遣わされた邪見が沈痛な面持ちでそう諭すと、傷心したりんは塞ぎこんだ。涙も涸れた頃、誰にも告げずに、着の身着のまま村を飛び出した。
 二度と再び、その村へ戻ることはなかった。
 
 殺生丸を探し求めて、りんははるか西へと旅をした。
 女一人の旅は苦難ばかりだったが、やめてしまおうと思ったことはただの一度もなかった。
 殺生丸だけが彼女の灯火であり、灯火のない人生などとても歩いてはゆけない。どれほどつらい旅路であろうと、決して挫折するわけにはいかなかった。
 たとえ追い返されたとしても、傍にいさせてくださいと懇願する覚悟だった。疎まれて刀の錆にされたとしても構わないと思った。元々、かの妖怪に拾ってもらった命だ。最後にその手で捨てられるのなら、それが自分の運命だったのだと受け入れるつもりだった。
 長い旅路の末、辿り着いた西国は美しかった。武蔵の国よりも、いにしえの風情や趣が色濃く感じられた。往来を行き交う人々のみでなく、夜半に時折見かける妖達すらも風雅な出で立ちで、りんはますます美しい大妖怪を偲んだ。
 妖怪の行方を尋ねまわる彼女に対する風当たりは相変わらず厳しかったが、りんはめげなかった。この西国のどこかにあの人はきっといる──。その思いを胸に、日々地道に手掛かりを探し続けた。

 季節はめぐった。耳を焦がすような蝉の声、赤々と色づいた紅葉、道端の地蔵にかぶる白雪、すべてがいつの間にか視界から消え去り、荘厳な寺院や屋敷を満開の桜と梅が彩り始めた。
 その頃りんは京で遂に邪見と再会し、殺生丸が、人間には辿り着くことのできない場所で屋敷を構えて暮らしている、という事実を知る。
 より多くを聞こうとするりんに対する邪見の歯切れは悪かった。何か重大なことを隠していると彼女は察したが、頼んでも邪見は語ってはくれなかった。ただただ、主を探そうなどという愚かな考えは捨て、人里に帰れとだけ言い諭す。その方が、彼女のためなのだという。
 結局得ることのできた手掛かりは、殺生丸がいる場所は、人間の目には見えず、耳には聞こえず、手では触れることのできない領域である──という事実。つまるところ、人間であるりんがいくら懸命に探したところで、無駄足でしかないのだという真理だった。
 所用で東へ旅立つという邪見を見送ったあと、りんは悲しみのあまり、一週間あまり床に臥せった。

 それでもやはり諦めきれず、妖が集まると思しき場所をいくつかめぐるうちに、りんはとある霊山へ迷い込んだ。そこでりんは美しい仙人に出会い、数日間を仙人の住まいで過ごした。
 りんの境遇を気の毒がった仙人は、慈悲を施してやろうといった。人間には辿り着けぬという殺生丸の屋敷へ、天から与えられた力をつかって、りんを導いてやることを約束した。
 しかし願いを叶えるには相応の代償が必要だという。
 仙人は、りんが愛しい男の名を呼ぶことを永久に禁じた。
 りんにとって、その名が掛け替えのないものだからだという。
 こうしてりんは仙人の慈悲を与えられ、仙力によって、探し続けていた場所を見つけ出した。

 あの日のことを、りんは生涯忘れないだろう。
 ──殺生丸さま、もうすぐあなたに会いにいきます。
 焦がれに焦がれた人との再会に心躍らせながら、屋敷への入り口である巨大な門に近付こうとしたとき──
 数多の従者を引き連れた一組の男女が、寄り添いながら出てきた。
 それはまるで、遥か遠い時代の王朝絵巻を見ているような光景だった。
 りんは瞬きを忘れ、息を殺し、きらびやかな行列が霧のなかに消えていくまで、その場に硬直していた。
 それはまぎれもなく──愛しい男と知らない女の、目も眩むような婚儀の情景だった。

 


To be continued


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