愛の妙薬 Act.7




 ディナーを終えて寮室に戻ると、僕はいてもたってもいられなくなって、机に向かった。
 羊皮紙を破り取り、インク壺を掴み寄せる。羽根ペンの先をインクに浸しながら、グレンジャーに送る手紙の文面を考える。
「――会いたい。今すぐに」
 思いつくと同時に、さらさらと羽根ペンを走らせていく。急いで書きすぎてインクが撥ねてしまうが、気にしない。
「薔薇園で待ってる。君が来てくれるまでずっと――」
 最後にイニシャルを添えて、羊皮紙を折り畳んだ。蝋で封をして、ふくろうに運ばせる。
 僕はふくろう小屋から寮室には帰らず、そのまままっすぐ中庭の薔薇園に向かった。
 彼女からの返事を受け取るつもりはなかった。
 返事が来ても来なくても、僕は薔薇園で彼女を待つんだ。


 むせ返るような薔薇の香りが辺りに立ちこめている。赤、ピンク、黄、白。グレンジャーが好きなのは、いったい何色の薔薇だろう。
 僕はローブのポケットに冷えた手を差し入れた。白い息を吐きながら、夜空を見上げる。金色の三日月のまわりに色とりどりの星が瞬いていた。時折、箒星が尾をひいて流れていく。
 ――僕は思った。
 あの星空を金で買えたなら良かったのに。
 ガリオン金貨千枚、いや、一万枚でもいい。
 もし金で買えたなら、僕はきっとあの星空を、彼女にプレゼントしただろう。
「――何を見ているの?」
 隣に待ち人が音も立てずにやってきて、言った。
 目が合う。グレンジャーはとろけるような微笑みを浮かべた。
「星空を、見ていたんだ」
 僕は彼女から目が離せなかった。
「あの星空は、いくらで買えるんだろうって……」
 彼女はほんの少し目を細めた。
「星空は、お金じゃ買えないわ。――人の心もね」
「じゃあ――」
 僕は情けないほど上ずった声で聞いた。
「君の好きな薔薇の色は、なんだい?」
「どうしてそんなことを聞くの?」
「知りたいからさ――」
 言いながら、僕はなぜか涙が出そうになる。
 ずっとずっと、心の奥底から伝えたくて、でも伝えられなかったこと。
 今なら素直に言える。
 もう、嘘をついたりしなくてもいいんだ。
「君のことなら、僕はなんだって知りたい。……星空は好き?何色の薔薇が好き?君の好きなものはなに?本当はずっと、知りたくて知りたくて、たまらなかったんだ――」
 グレンジャーは目を見開いた。薔薇のアーチを、風が通り抜けていく。
「金で買えないなら、僕の心をあげるから――君の心が欲しいんだ、ハーマイオニー・グレンジャー」
 もうこれ以上、僕をきらいにならないで。君にきらわれるのは死ぬよりつらいんだ。
 なぜなら、僕は君のことが――。

 またひとつ、夜空で箒星が流れていった。





To be continued

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