花嫁御寮  3:最初で最後



 卑怯だと分かっていた。あの男が姿を消して以来、目に見えて寂しそうにしていた彼女に、あんな形で告白を押し付けるようなやり方は。
 それでも、きっと彼女は寄りかかる肩を必要としているだろうと思ったから。消えてしまったあの男の代わりに、この肩にすべてを預けてほしいと、そう切望したから──。
 そして彼女は自分を選んだ。たとえその心がここになくても、構うものか。長年想いを寄せてきた彼女が一人で悲しむ姿を、それ以上見ていたくはなかった。
 彼女を脅かすすべてのものから守ってやりたかった。最初の恋を、最後の恋にする覚悟があった。そんな自分を見てほしかった。きみを想っているのは、なにもあいつだけじゃないってことを、分かってほしい。
 きっと彼は、後戻りのきかない場所へ、彼女を連れていこうとしている。
 

 チャイムを鳴らすと、ドアの隙間から人の良さそうな女性が顔をのぞかせた。
「おかえり、翼。あらあら、じゃあこちらがそのお嬢さんね?」
「うん。真宮さん、これが俺の母さんだ」
 桜はにこにこと嬉しそうにしている女性に向けて、頭を下げた。
「初めまして。真宮桜といいます」
「可愛らしいお嬢さんねえ。翼がいつもお世話になってます」
 翼の母親と握手を交わしたあと、桜はこころよく中に招かれた。お祓いを生業とする一家の住まいであるだけに、おもむきが普通の家とは明らかに異なっていた。いわゆる、オカルトものばかりだ。壁には護符が貼られていたり、退魔の様子が描かれた絵などがかけられている。戸棚には値の張りそうな金の瓶や、人を映さない不思議な鏡、猫の目のような石が埋め込まれた剣などがずらりと並んでいる。どの部屋に案内されても、不思議な匂いが充満していた。家に悪いものを寄せ付けないための香りなのだと、翼が桜に耳打ちした。
 それから帰宅した翼の父親もまじえて、四人で食事を楽しんだ。
 翼は上機嫌だった。今日は両親に紹介するために桜を連れてきた。霊感体質であり、時おり家の中で起きる怪異にも取り乱したりせず冷静に対応できる彼女は、両親にこのうえない好印象を与えたようだ。お祓いという家業のことを思えば、跡取り息子の交際相手が彼女のような女性であるというのは、両親にとっては幸先のよいことに違いなかった。
「二人とももう大学も卒業したことだし、早いところ籍を入れてしまったらいいのに」
「そうだなあ。お前が桜さんと結婚してくれれば、十文字家も安泰だ」
 などと言い出す始末。照れ隠しに両親をいさめる翼だが、本心ではまんざらでもなかった。
「二人とも卒業したばかりだし。結婚なんて、まだ早いよ」
 と言いながらちらりと横を一瞥すると、桜は親子のやりとりが微笑ましいのか、にこにこと見守っている。
「そうだよね?真宮さん」
 ゆっくりと、彼の方を向いた。その顔が、笑っているのに、なぜか、泣いているようにも見えた。
 ちくりと胸を刺す痛みを無視して、翼は彼女に笑い返した。





To be continued

 

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