花 読書に勤しんでいると、わずかに開けた窓から冷たい隙間風が入ってきた。窓際の花瓶に生けた白百合の花が、ふらふらと頭を揺らしている。 セブルスは本を机に置くと、椅子から腰を上げて窓へ近付いていった。窓を閉じてカーテンを引き、屈みこんで花と目線を合わせる。 純白の花弁の表面に、露がぽつぽつと浮かんでいるのが見える。 春はまだまだ程遠いな、と彼は思う。 ふと、声が窓の向こうから聞こえてきた。 一瞬間の抜けた表情をしたセブルスは、急いでカーテンを開け、窓を開け放ち、顔を覗かせて下を見た。 鼻をトナカイのように赤くしたリリーが、彼を見上げながら、ちぎれんばかりに手を振っていた。 「セブー!」 セブルスは息を詰めた。 「リリー、どうして……」 「セブのことだから、土日もきっと勉強ばかりしてると思って」 一緒に公園で遊ばない?と可憐な笑顔を浮かべながら、リリーは言った。 風の冷たさにも拘らず、セブルスの顔が火照った。 「たまには息抜きするのも大事よ?」 それもそうだね、とセブルスはどぎまぎしながら言った。 リリーを一目見ると、何もかもがどうでもよくなってくるのが不思議だった。いつも心を占めている、家のことも勉強のことも、苦しみも悩みも全て。 安物のダウンジャケットを羽織り、セブルスは階段を駆け下りた。慌ただしさにダイニングから悪態をついてくる父親のことも、心が逸っている今はちっとも気にならない。 ドアを開けるとリリーが抱き着いてきた。友情のハグと彼女はいうが、未だに馴れない。きっと一生馴れることはないだろう。セブルスは顔を完熟トマトのようにして、石像になった。 「でも、外で遊ぶにはちょっと寒いかしら?」 耳元で聞こえる少し沈んだ幼い声に、セブルスは上擦った声で答える。 「僕は寒さなんて、な、なんてことないよ。リリーと遊べるなら」 「……そう?ならよかった!」 リリーは彼を解放した。魔法界のフェアリーテールの絵本に出てくる花の妖精のように、ふくらみのたっぷりとしたスカートを揺らし、軽やかなステップを踏む。 「今日もホグワーツの話を聞かせてね、セブ」 セブルスは夢見心地のまま、こくこくと何度も頷いた。 end. (2012 Mar - Apr Clap) back |