海棠  - Extra Chapter -


 放課後に職員室に呼び出されたと思ったら、担任にこってりと油を絞られた。遅刻早退欠席の常習犯なのだから、それも仕方のないことだった。りんねは何度も頭を下げ、これからは出来るかぎり真面目に学校に通う、と約束せざるを得なかった。とはいえ、口約束などあてにならないことをどちらもよく知っている。担任はまだ納得のいかない顔をしながら、これ以上出席率が下がれば落第になるだろうと脅しをかけ、りんねが渋い顔をしたところでやっと彼を解放した。
「落第、か。それはさすがに困るな」
 廊下を早足で進みながら、りんねは溜息をつく。
 いつものらりくらりと遅刻や欠席の理由をかわしてきたりんねだったが、今回ばかりはさすがに反省していた。死神の仕事に没頭するあまり、学生としての本分をおろそかにしているのは確かだ。現世で生きていくことを決めた以上、こちらでの生活をないがしろしてはいけないというのに。
「──上手く両立させるしか、ないよな」
 それがなかなかうまくいかないからこそ、難しいのだ。

 教室の戸を開けると、遮光カーテンの引かれた室内は暗く、がらんとしていた。
 スピーカーからゆったりと流れる音楽。家路、という曲だ。それに折り重なるアナウンスが、下校時刻を知らせている。
 現世では一日の終わりが早いな、とりんねは思う。
 仕事であの世に留まり続けていると、時間の感覚が麻痺することがある。向こうの世界でもたしかに時は流れているのだが、なにしろ目に見える変化がないものだから、時間の経過を感じることは難しい。花は季節の干渉を受けずにあちこちで咲きみだれる。飛び交う死神達は、みな若い姿のまま。輪廻の輪や三途の川も、いつまでも変わらない。あの世というのは、根本的にはあまり代わり映えのしない世界なのだ。
 だからこそりんねは、現世で生きることを願ったのかもしれなかった。
 純粋な死神とは違い、人の血が流れている。いつまでも同じ姿ではいられない。流転に身をまかせ、ひとつひとつ年を重ねていく。そしていつか、輪廻の輪へ還る──。
 ぴったりと閉じられた遮光カーテンをかすかに開けてみると、赤い夕焼けが目に眩しかった。
「ん……」
 もぞもぞと背後で何かが動く気配を感じ、振り返る。机にうつ伏せになったまま、桜がとろんとした目で彼を見ていた。
「真宮桜?」
 まさか彼女がいたなんて。
「ずっとここにいたのか?」
 桜は目を擦りながら、小さく頷いた。
「もう下校時刻を過ぎたところだぞ。こんなに遅くまで残って、何か用事でもあったのか?」
 彼女はくす、と笑った。人差し指の先で、真正面に座ったりんねの鼻をつついた。
「六道くんを待ってたんだよ」
「──俺を?」
「うん。でも、待ちくたびれて、いつの間にか寝ちゃってた」
 待っていてくれた理由をきこうとして、りんねは口をつぐむ。あえてきかずとも、答えが分かるような気がした。彼だっていつも、委員会活動で下校が遅れる桜を待つために、同じことをしているから。
「待たせてすまなかった」
「いいよ、全然。いつもは私が待たせているんだし」
 桜はまだ少し眠そうな目をしていた。二度寝の誘惑に負けたのか、ふたたび腕の中に顔を埋めてしまう。背中にかけていたブレザーが横にすべり落ちた。りんねはそれを拾い、また彼女の背中にかけてやった。ふと、白いうなじに目を奪われた。華奢な肩が、呼吸に合わせて上下している。そうやって桜は、与えられた一秒一秒を大事に重ねていく。呼吸をするごとに、少女から少しずつ大人になっていく。りんねが少年ではなくなっていくのと同じように。
「六道くん」
名を呼ばれ、りんねははっと我に返った。
「会いたい人を待つのって、なんだかわくわくするね」
「そうか?──まあ、そうかもしれないな」
 彼女はまだ夢見心地なのかもしれなかった。
「待たせるばかりじゃなくて、たまには私が待っていたいな」
 花のように笑う彼女が、愛おしくて、胸が締めつけられた。額をつき合わせて、目を閉じる。
「待たせる方と、待つ方。お前は、どっちがいい?」
「どっちでもいいよ。──会いたい人は、同じだから」





end.


back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -