夏 瓦屋根を焦がす太陽の光に、蝉の鳴き声が被さる。軒下の花壇に並ぶ向日葵は真っ直ぐに青空を目指し、湧き上がった入道雲は東へゆったりと流れてゆく。どこかで微かな風に揺れた硝子の風鈴が鳴り、西瓜の種を庭に飛ばして競い合う子供たちの笑い声があがる。 夏だ。今年もまた夏が来た。 首筋を伝った汗を、乱馬は手の甲で拭う。 「はい、ハンカチ」 麦わら帽子の影からあかねが微笑み、レースのあしらわれた白いハンカチを差し出した。乱馬はそれをありがたく受け取って、額に浮かんだ汗を拭いた。花と石鹸の香りが鼻を掠めた。 檸檬色のシャーベットを舐めながら、あかねは火照った顔を手で扇いでいる。 「まだお昼前なのに、暑いわね」 「ああ、たまんねーな」 「なんか、一気に夏になっちゃったみたい。ついこの間まで涼しかったのに」 相槌を打ちながら、乱馬はあかねの頬に張り付いた髪の一筋を、指でそっと除けてやった。あかねは立ち止まった。目をじっと見詰めてくる乱馬に心を疼かせる。 「……どうしたの、乱馬?」 途端に乱馬は耳まで赤く染め上げ、視線をせわしなく泳がせ始めた。きっと、何かを切り出そうとしているに違いないのだが、喉の奥でつかえて出てこないらしい。 昼ご飯の前に彼女を散歩に誘い出したのは、きっとこの用件があったからなのだろう。この猛暑のさなか、わざわざクーラーのきく家から連れ出してまで、彼が彼女に伝えようとしていることとは、一体何なのか。あかねはじっと息を凝らして、乱馬が口火を切るのを待った。 天秤棒にたらいを吊るした金魚売りが、鼻歌混じりに傍らを通り過ぎていく。自転車のベルを鳴らしながら、夏服を着た中学生が曲がり角を曲がっていく。蝉の鳴き声はますます数を増やしていく。 あかねがシャーベットを舐め終えると、乱馬は漸く俯かせていた顔を上げた。臍をかためた表情で、あかねの肩を掴む。 「あ……あのさ、あかね」 「うん?」 「夏が来たら、今年こそは言おうと思ってたんだけど」 乱馬は目を固くつむった。 「俺達、もう会ってから五年も経つし」 「うん」 「そろそろ、けじめをつけたいと思うんだ」 「けじめ?」 「ああ。……これからのこと」 一拍子遅れで、あかねは定規を当てたように背筋を伸ばした。頬にぽっとうす紅がさした。乱馬が照れかくしのように鼻の頭を掻く。 「ほら。ちょうど、初めて会ったときも夏だっただろ」 「う、うん」 「だから、プロポーズするのは夏が来た時、って決めてたんだ」 あかねははっと息を呑んだ。彼女の手を強く握り締め、乱馬は身を乗り出した。 「あかね」 彼女の瞳は涙に濡れていた。それが愛しくてたまらなそうに、彼は目尻を細めた。 「俺と結婚してほしい。この先ずっと、二人で道場を守っていこう」 太陽に焦がされたアスファルトの上で、二つの影は重なった。 end. (image song "summer" / by Joe Hisaishi ) back |