愛の妙薬 Act.6




 翌日は、一時限目からグリフィンドール寮との合同授業があった。魔法史の授業は相変わらず退屈で、どちらの寮生も皆眠気と必死に格闘している。
 反して僕は目が冴えていた。
 何席か前から、グレンジャーがこちらを頻りに振り返って、にこにこと笑い掛けてくるからだ。
 こんな表情を向けてくれる彼女を、周りの目を気にせず心ゆくまで見詰めていられる、なんともおいしい時間。居眠りをしてその時間を逃してしまうなんて、そんなもったいないことが出来るはずがない。
 僕は有頂天になっていた。いつもなら忌々しくて仕方がないゴイルの大いびきも、おかげで今日はちっとも気にならない。この程度のいびきなどそよ風のようなものだとすら思える。
 ──みんな眠そうよね。
 皆の目が完全に死んできたのを見計らい、振り返ったグレンジャーがジェスチャーで告げてきた。
 同意を示すためにほんの少し肩を竦め、笑ってみせる。こうして、互いに警戒心をといて何気ない会話が出来るのが嬉しくてたまらない。
 ビンズ教授がチョークを手に取り、黒板にのろのろと板書し始めると、彼女は完全に身体をこちらに向けた。今やこの教室の中で現実に意識を留めている者は、僕達と教授以外誰もいなかった。
 少しでも彼女に近づけるように、僕は机を押して身を前に乗り出した。机の脚が床を擦る音にも、誰も反応しない。こんなに大勢の生徒がいるのに、誰も視線を交える僕達を見てなどいない。二人だけの世界に閉じ込められたかのようなこそばゆさに心が疼く。
 グレンジャーは椅子の背に頬杖をついて、唇の動きで尋ねてきた。
 ──あなたは眠くないの、マルフォイ?
 僕は笑いながら首を横に振る。理由を聞きたげな彼女の眼差しを受けて、思わず椅子からほんの少し腰を浮かせていた。
「……こうしてグレンジャーと話していたいから」
 誰も起こさないように、内緒話をするような小さな声で僕はそう告げた。グレンジャーは目を丸め、はにかんだように頬を赤らめた。
 ビンズ教授がこちらに背を向けている限り、他の生徒達が眠りの遠洋に向けてオールを漕ぎ続けている限り、今ここにあるのは僕達だけの世界だ。その感慨に僕の心は打ち震えた。
 まだ頬を桃色に染めたままのグレンジャーが、髪の毛先を指でいじりながら囁いた。
「私も……できることならずっと、こうしてあなたとお話していたいわ。マルフォイ」
 ──ああ。僕は込み上げそうになる感情を必死に呑み込む。
 ビンズ教授が永遠に板書を終えなければいいのに。このまま教室中が眠ったままで、誰も目覚めなければいいのに。
 誰かが時間を止めてくれればいいのに。
 このまま、今の幸福な瞬間のままで。
 教科書で顔を隠して恥ずかしそうに俯く彼女は、今すぐ抱き締めてしまいたいほどに可愛らしくて。
「グレンジャー、」
 僕は椅子から完全に腰を上げた。彼女は教科書の上から潤んだ瞳を覗かせて、僕を見た。
 喉に閊えていた言葉がするりと出てきていた。
「グレンジャー、僕は君が──」
 まさにその時、授業終了を告げる鐘の音がけたたましく鳴った。
 尻尾を踏まれた猫のように、周囲の生徒達が椅子から飛び上がる。
 僕達は呆気にとられて見詰め合った。
 一瞬にして僕達の時間は途切れ、二人だけの世界は喧騒に踏み荒らされていった。
「ドラコ、何ボーッとしてるんだ?」
 クラッブが目蓋を擦りながら聞いてきた。僕は伝えたかったことを伝えられなかった歯痒さに、僕達の世界を鐘の音一つで呆気なく壊された悔しさに、握り締めた拳を震わせていた。
 見るとグレンジャーは既に在るべき輪の中に戻っていた。ますます寝癖の付いた髪をくしゃくしゃにするポッターと、欠伸を噛み殺すウィーズリーの間におさまっている。グリフィンドール寮生の波に呑まれるようにして教室を出る間際、彼女はこちらを振り向いて悲しげな表情をした。
 ──じゃあ、またね。
 クラッブとゴイルが見ている側では、手を振り返すことはできなかった。名残惜しみながらも、眼差しだけでその背を見送る。
 次にグリフィンドールと合同授業があるのは、何時限目だっただろう。
 今の今まで見つめ合っていたはずなのに、もうあの瞳が恋しくてたまらない。
 息苦しくなって、僕はローブの上から胸を押さえた。
 
 


To be continued


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