陽の当たる場所を歩く資格など Act.2 | ナノ

陽の当たる場所を歩く資格など Act.2



 目が覚めると同時に胃の底から吐き気がこみ上げた。ハーマイオニーは口元を手で覆いながら、硬い寝床から上半身を起こした。
「おや、穢れた血のお目覚めだ」
 誰かの低い声を皮切りに、辺りに嘲笑が広がった。彼女の青ざめた顔が、誰かの杖先に灯されたルーモスによってぼうっと照らし出される。
「私がお分かりかな?ハーマイオニー・グレンジャー嬢」
 ハーマイオニーの二の腕を誰かがぐいと引いた。諜報の標的だった痩身に髭面の男・フォスターが、してやったりの顔で彼女を見下ろしている。小ねずみを追い詰めた蛇のような瞳から、彼女は口惜しそうに目を逸らした。
「知っていたのね。私があなたを諜報していたことを」
 フォスターは低い声で笑った。薄暗く殺伐とした部屋の中、周囲の男達もまたつられて笑った。何がおかしいの、とハーマイオニーは唇をきつく噛んだ。
 彼女の無知を嘲るように、フォスターは右の口角を持ち上げた。
「なんともめでたいことだ。長らく監視されていたことを知らなかったとは」
「監視?」
 ハーマイオニーが驚きを隠そうともせずに目を丸めた。フォスターは長く伸びた黒髪を後ろに流して冷笑した。
「そうだ。君の推奨する不快極まりない計画を、必ずや破綻させると決めた時から。計画のそもそもの発案者である君を、我々反対勢力が見逃すと思ったのか?つめが甘いな」
 彼女は冷や汗を流した。頭が割れるように痛み、歯車がうまく作動しない。ひどい眩暈と吐き気が一向に治まらない。あのパブで気絶する前に、余程たちの悪い魔法薬を飲まされたらしい。
「君を誘き寄せるために、我々は魔法省へ偽の垂れ込みをした。そして思惑通り、君はまんまと我々の撒いた餌に食いついたというわけだ」
 二つの沼の底のような瞳が抉るようにハーマイオニーを見た。彼女はぞっとしたが、身を奮い立たせるようにいった。
「私をどうするつもり?任務中に私がいなくなったことを執行部が知ったら、あなたたちは間違いなく追われる身になるわよ」
 恐怖を感じていながらも、毅然とした声を保とうとする彼女に感服したのか、フォスターは微笑しながら片眉をつり上げた。近くで見ると存外に顔立ちの整った男だった。髭を剃り、身なりを整えれば、随分とハンサムに見えるだろう。
「私を脅そうというのか?穢れた血の小娘ごときが」
 フォスターが彼女の首元に杖先を向けて静かに告げた。ハーマイオニーは怖気付いた様子を見せないように、毅然とした姿勢を崩さずに彼を睨んだ。
 興を削がれたように、フォスターは彼女を壁際へ突き飛ばし、杖を古びたローブのポケットへ仕舞った。
「つまらない」
 くるりと背を向けて、彼は言い放った。取り巻きの一人が下卑た笑いを浮かべながら、こめかみを押さえて座り込むハーマイオニーを一瞥した。
「フォスター、この女、一度痛い目に合わせるべきじゃないか?」
「好きにしろ。私には興味がない」
 フォスターが面倒くさそうに言い捨てた。途端、自分の身体中に集まる好奇の視線に、ハーマイオニーは悪寒を覚えて眉根を顰めた。
「……何?何するつもりよ」
 去り際に、振り返りもせずにフォスターが言い残した。
「楽しむのはいいが、死なない程度に加減しろ」
 ここまで言われれば嫌でも先が読めてくる。ハーマイオニーはいよいよ冷水を浴びせられたように硬直し、ローブのポケットにぎこちなく手をやった。頼みの綱の、杖がない。
「来ないで」
 躙り寄ってくる人影にハーマイオニーは震える声で言った。あまりの心細さに心の底から泣きたかった。
 その時だった。
 黒い影が闇の中から躍り出て、彼女の前に立ちはだかった。
 ローブのフードを目深に被った、長身の若者だった。
 それはあまりにも見覚えのある後ろ姿だった。
「彼女に指一本触れるな」
 若者の杖先から放たれた失神呪文が、貪欲に彼女を蹂躙しようとしていた男達を吹き飛ばした。
 男達は皆、壁や調度にぶつかり、動かなくなった。
 薄暗い部屋はしんと静まり返った。
「……嘘でしょう?」
 ハーマイオニーが震える声で囁いた。
 若者がローブのフードを下ろし、ゆっくりと振り返った。
 薄闇の中で、プラチナブロンドの髪が、月光のようにほのかに浮かび上がった。
「久しぶりだな。グレンジャー」
 ドラコ・マルフォイは、微かに笑んでみせた。



To be continued

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