行き触れ  - Chapter 16 -


 すっかり図に乗った悪魔にしかとお灸を据えてやり、命数管理局への事後報告は魂子と六文に託した。そしてようやく、りんねは一週間ぶりに、地獄からの帰還を果たすことが出来たのだった。
 りんねと桜、そして二人の幽霊が、死神界の花畑から揃って見上げているのは、輪廻のいとなみを司る大輪だ。厳かな音を立てて、ゆっくりと回る赤い輪を、幽霊の恋人達は畏れと憧憬をこめて静かにあおぎ見ている。
「やっとここまでたどり着いた。……どれほどこの日を待ち侘びただろう?」
 感激に打ち震える青年の声に、少女は頷く。繋いだ手をさらに強く握った。
 りんねは香り立つ花を踏み締めて、頭上の輪を指し示した。季節の支配を受けない自由な風が、赤い髪を撫でつけ、彼のまとう黄泉の羽織をあおった。
「あの輪廻の輪にお乗りください。お二人を、定められた来世へ導いてくれます」
「輪廻……」
「残念ながら、俺はあなたがたの名簿を見ていない。お二人がどこでなにに転生するのかは、分かりません。先行きが分からないと誰でも不安になるものです。でも、」
──大丈夫。怖くない。
 輪廻という途方もないいとなみの前に、立ち竦む二人。その緊張を解きほぐしてやるように、りんねは優しく声をかけた。
「色々と、すまなかった」
 青年の謝罪に、静かに首を振る。
「何もかも、俺の力が至らなかったせいです。それに、悪いことばかりでもなかった。あなたのおかげで、見えなかったことが色々と、見えてきたような気がするから」
 桜は一瞬息をつめた。向かい合っている幽霊たちからは見えないように、こっそりと、りんねが後ろにいる桜の手を握り締めたのだ。
「ありがとうございました」
 思いがけない感謝の言葉に、青年は目を丸める。
「禍転じて福となす、ということかな」
「怪我の功名、とも言えますね」
 青年は鷹揚に笑った。
「きみのような死神に会えてよかった。また、いつか会えるだろうか?転生を果たしたあかつきには」
握手を求められ、りんねはそれにこころよく応じた。
「会えるかもしれませんね。袖振り合うも他生の縁、といいますから」
 桜も少女に握手を求められ、小さな手を握っていた。少女は嬉しそうに顔をほころばせた。
「あの、桜さま?」
 男子たちに聞こえないよう声を落として、彼女は桜にそっと耳打ちする。
「私を見つけてくださって、ありがとうございました」
 私は何も、と桜は手を振りながら、りんねをちらりと一瞥する。
「私はただの人間だから、たいしたお手伝いもできなくて。六道くんと魂子さんみたいに、死神の鎌や道具を使うこともできないし。魔狭人くんみたいに、空を飛ぶことも出来ないし──」
「いいえ、桜さま。あなたは、ただの人間などではありません」
 出自の良さを窺わせるおっとりとした声で、少女は続ける。
「道具が使えなくとも、桜さまはりんね様のお心を鎮めることができました。それに、空を飛べずとも、真っ先にりんね様のところへ飛んでいらした。人間であるか、死神であるか。それはきっと、たいした問題ではないのです」
 少女の目は全てを見透かすかのようだった。
「大切なのは、桜さま、あなたのお心です。あなたがどれだけあの方を想っているのか。どれだけ、りんね様を助けたいと願うのか」
 桜は青年と言葉を交わしているりんねの横顔に、視線を移した。いつものあの、近寄りがたい雰囲気はない。穏やかで、打ち解けた表情をしている。
 ──六道くんは、何を覚悟したんだろう。
今までは見えていなくて、突然見えるようになったもの。
それは一体、何だろう。
 自分でもわからないうちに、胸がざわついていた。そんな桜を見つめ、少女が微笑む。
「お気付きなのでしょう?」
「え?」
「りんね様のお心に」
少女は袖を口元にあてて、鈴を転がしたような声で笑った。
「桜さま。ご自身でそう思っていらっしゃらなくとも、あなたはきっと、りんね様のお力添えをなさっているのですよ。ただそうやって、そばにいらっしゃるだけで」
 その時、タイミングを図ったかのように、りんねが桜を振り返った。
「真宮桜、そろそろ行かれるそうだ」
 つとめて平静を装い、桜は頷く。視界の端では恋人達が身を寄せ合って、二人を微笑ましそうに見守っていた。
「それから、」
 りんねがおもむろに身をかがめ、耳をそばだてなければ聞き取れないほどの声で囁いた。
──現世に帰る前に、少し付き合ってもらえないだろうか。
 桜はすぐ目の前にあるりんねの瞳をじっと見た。りんねは唇を真一文字に引き結び、固唾をのんで彼女の返事を待っていた。
 足元には赤い花が、絨毯のように敷き詰められている。その燃えるような瞳に、感情の読めない顔をした少女が映っている。
答える代わりに、桜は繋いだ手にほんの少し力をこめた。
 



 
To be continued



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