花嫁御寮  1:告白



「放課後、二人きりで話したいことがあるんだ」
 朝一番に、思い詰めた表情で彼はそう言った。
 彼女はその目を見つめながら、小さく頷いた。

 掃除当番を終えた桜は待ち合わせ場所の屋上にいそいだ。
 扉を開けると、建物のぎりぎりのところに、彼女を呼び出した人物が立っているのが見えた。
 ポケットに手を入れ、真下をじっと見下ろしている。
 よほど深く何かを考え込んでいるのか、彼女が来たことにすら気付いていないらしい。
 涅槃から吹くというこの季節の西風が、彼の髪を揺らしている。
「危ないよ、そんな所にいたら」
 彼女の忠告に、今し方その存在に気付いたというように、驚いた顔をして彼は振り返った。
「ごめん。気がつかなかった」
 縁のせり上がった所から降り、彼女と向き直る。
「──私に話したいことって、何?」
 単刀直入に用件を尋ねた。
 彼は口を引き結び、彼女をじっと見下ろす。
 放課後の練習にいそしむサッカー部員の掛け声がグラウンドから上がってくる。
 すう、と彼が大きく息を吸い込んだ。
「好きだ」
 ──唐突な告白は、これが初めてではない。
 さほど驚きはしないものの、戸惑いはあった。
 彼女は、長い睫毛を伏せる。
「今日言わなければ、後がないと思ったから」
 重大な宣告をする前準備のように、彼はふたたび息を吸い込んだ。
「真宮さん。俺はまた、転校するかもしれない」
 桜は弾かれたように顔を上げた。
「どうして?」
「親の仕事の都合で、来週から関西に行くことになった」
「……」
「でも、まだ一緒について行くとは言ってないんだ。その気になれば、親がいなくても、もう俺一人でじゅうぶん暮らしていけるからね」
 翼は言葉に力を篭めた。
「真宮さん、俺に告白の返事をくれないか。もし、きみが首を縦に振ってくれるなら、俺はこの街に残ることにするよ。でも、もし迷惑だというのなら……」
 ――もう二度と、俺は真宮さんの前には現れない。
 桜は思わず言葉を失う。
 かつてないほど、真剣な表情をしている翼。
 切羽つまった目をしている。
 どうやら、本気らしい。
 ポケットの中で温まった手を、彼が差し出してくる。
「今、この場で選んでほしい。俺の手を取るか、取らないか――」
 桜は差し出された手を見下ろしている。
「──翼くんも、いなくなっちゃうんだ」
「無理を言って、ごめん」
 翼は痛ましいものを見るように目を細めた。
「でも、本気なんだ。本気で真宮さんのことが好きなんだ。もう、ずっと前から」
「翼くん」
「真宮さん」
 彼は決然と言った。
「俺なら絶対に、きみを独りになんてしない」
「……」
「そんな顔をした真宮さんを、俺はもう見ていられないんだよ。――帰ってくるかも分からない『あいつ』を待つのは、もう、おしまいにしないか」
 帰ってくるかも分からない、あいつ。
 桜の瞳が揺れた。
 それは、心の動揺の表れだった。
「……翼くんがいなくなったら、寂しくなっちゃうな」
 ぽつりと一言。
 彼女の周囲で唯一霊感のある人間が、翼だった。
 翼が去ってしまえば、今度こそ本当に、「あの世界」とのつながりが断ち切れてしまいそうな気がした。
 それは、耐えられない──。
 差し出された手に、桜は自分の手をそっと重ねた。
 これでいいとは思わない。
 それでも、こうするしかなかった。
 翼が一瞬、驚きと喜びの入り交じった表情をした。
 罪悪感がちりり、と心を焦がした。
「真宮さん、本当にこれでいいのか」
 一瞬の間があった。
 うん、と桜は頷く。
「きっと、大丈夫」




To be continued


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