14th of February - Case of AKIYAMA & NAO -



「秋山さん、コーヒー淹れてきましょうか?」
 座布団から腰を上げながら直が申し出た。
「ああ、悪いな」
 読んでいた本から視線を上げ、キッチンに消えていく背を見送ったあと、秋山はふたたび細やかな活字を追い始めた。
 コーヒーを淹れる準備をしながら、直は逸る心を抑えるように、呼吸をととのえていた。これからしようとしていることに、緊張感を覚えていた。
 戸棚から目的の小瓶を取り出して、一度ちらりと後ろを振り返る。変わらず読書に勤しむ姿を確認して、息をつく。
 小瓶のコルクを開けると、直は中のものを少しだけ掌に出した。チョコレート色の、小さなハート型をしたコーヒーシュガーだった。ひとつ摘んで口元に運び、噛み締めてひろがった程よい甘さに頬が緩む。小さく鼻歌を歌いながら、もう一つ齧った。
 仄かな白煙ののぼるコーヒーカップに、直はそのシュガーを振り入れた。微小のハートが渦の中で回りながらとけていく。いたずらっぽい微笑みを浮かべながら、それをトレイに乗せた。
 振り返りざま、彼女は小さな叫び声を上げた。トレイを持つ手が揺れ、コーヒーの中身が僅かにカップの端を伝い落ちる。いつの間にか直の目の前に立っていた秋山が、動揺を隠そうともしない正直者な彼女を見下ろし、にやりと不敵な笑みを湛えた。
「い、いつからそこに?」
「君がイタズラに夢中になり始めた辺りからかな?」
 打てば響くように答えが返ってきた。愉しそうに目を細める秋山とは対照的に、直はまさに悪戯を見つけられた子供の心境で頬をふくらませた。
「黙って見てたんですね。ひどい」
「はは…ごめんごめん。こそこそと何をしてるのかと思ったら、随分とかわいいイタズラをしていたもんだから、声をかけ損ねた」
 直は恥じらいの表情を浮かべて頬をうす紅色に染めた。ばつが悪そうに視線を逸らそうとすると、すかさずのびてきた秋山の両手が頬を包んで上向かせた。
「バレンタインだから?」
 コーヒーカップを手に持って、やはり愉しそうに訊いてくる秋山を、直はかるく睨むようにする。
「そうですっ。なにがおかしいんですか!?」
「いや、君ってかわいいなって思って」
「……は?」
 虚を衝かれた表情をした直に、秋山が顔をぐっと近付けた。直の手からトレイが滑り落ちた。
「イタズラのお返し。君の真心がこもったコーヒー、ありがたく味わって飲ませていただくことにするよ」
 カップをこれみよがしに少し掲げてみせながら、口角を持ち上げた秋山がいった。石のように固まった直は、金魚のように口をパクパクさせながら、言うべき言葉を見失った。



end.

2012.02.14 Valentine's Day

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