雲雀の名


 
 手のひらに収まりそうなほど小さな雲雀が、美しく花をつけた梅の木にとまっている。高らかに囀るその姿が愛らしくて、円窓に頬杖ついて脚をぶらぶらさせながら、銀正妃──銀河は口元をほころばせた。
「どうやらそこからの眺めが気に入ったようだね」
 寝台に座っている双槐樹がほんの少し身を乗り出して、微笑ましそうに窓辺でたそがれる幼い妻を見守っている。
「夫の私と見つめ合うよりも、そうして雲雀を見ている時間のほうが長いのではないかな?」
「だって、あんなに可愛んだもん、つい見とれちゃって!」
 振り返った銀河は頬をうっすらと上気させ、夫に手招きをした。
「コリューンもはやくこっちへ来て。あの子が飛んでいってしまわないうちに」
 わかったよ、と美貌の素乾国皇帝は優しく微笑み、寝台から腰をあげた。長靴の足音がカツン、と床に響き、あわてた銀河が顔色を変えて「しっ!」と人差し指を口元にあてる。双槐樹は切れ長の目をみはり、幼い正妃にならって長い指を唇に添えた。音をたてないように気を付けながら、抜き足差し足、そうっと銀河のいる窓辺へ近づいていく。
 銀河が頭に戴く金冠が、日の光を浴びてきらめいており、双槐樹の目に眩しかった。目を細めていると、銀河が期待を込めたまなざしで背後の彼を見上げる。
「あの子に名前をつけたいの。コリューン、何かいい名前はない?」
「そうだね──。では、こういう名前はどうだろう?」
 双槐樹はふと、玲瓏たるかんばせに意味ありげな笑みを浮かべた。銀河の華奢な肩にそっと手を置くと、小さな耳に唇をよせる。
「──黒耀樹」
「黒耀樹?」
 鸚鵡返しにしながら、耳で囁かれてくすぐったそうに、銀河が肩を竦める。
「なんだかりっぱな名前ね。皇族の名前みたい。どうして、その名前にしたの?」
 皇帝は玉をころがすような声で笑う。銀河の目の前に腰をかがめ、彼女の手を愛おしそうに撫でさすった。
「いつかお前様と私のあいだに息子が生まれたら、そう名付けたいと思っているんだ。──あの雲雀に分けてやっても、減るものでもなし、ばちなど当たるまいよ」

 亡国の跫音が、すぐ目の前まで迫っていることを知らず──。
 いまだ閨房で契りを結んだことすらない、年若き皇帝とその愛すべき正妃は、雲雀の高らかな囀りにそっと微笑みをかわし、そうすることで深く情をまじえるのだった。









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