粉骨砕身  王騎&摎

 
 女だから男より劣る、とか。所詮女は秀でた武人にはなれぬのだ、とか。そういうことを、あの方は一度たりとも私に向かって口にしたことがない。
 努力家に男女の別などない。
 粉骨砕身の努力は必ずや結果をもたらしてくれる。
 厳しい鍛錬を積んだだけ、貴賎や性別の如何を問わず、武芸は磨かれるものなのだと教えてくださった。
「王騎様は摎の育ての親であり、お師匠様でもあるのです」
 私は面頬の陰から想い人の姿をとらえる。馬に颯爽と跨ったあの方は、赤黒い血にべっとりとまみれた愛用の矛を宙で振り払い、正面からまっすぐに私を見据えた。
「王騎様から受けた指南はすべて、私の生きるうえでの指針です。ですから、今の私があるのは、あなたの御陰です」
 血なまぐささに満ちあふれる戦場に、揚々と鳴り響く勝鬨の音。中華最強とも謳われる六大将軍の率いる秦国軍が、役目を果たした武器を捨て、敵兵の骸を踏みしだいて凱歌に酔いしれている。
「改まってどうしました、摎?」
 あの方はたった今、豪胆な敵将の首をその手で討ち取ったばかりとは思えぬほどの平静さで、私に問いかけてくる。修羅さながらの様相で死闘を繰り広げていた大将軍は、今は、私が幼い頃からお慕い続けている旦那様の顔をして、私に微笑みかけている。
「王騎様」
 私の馬と、あの方の馬が、鼻先が触れ合うほど近づいた。王騎様は、愛馬をねぎらうようにその毛並みを撫でてやり、先を促すようにまた、私に向けて破顔した。
「王騎様。初めてあなたと肩を並べて、戦場に出ました。あなたと同じ、六大将軍のひとりとして。──今もまだ、摎は武者震いがとまりません」
 初陣の時でさえこれほど気分が高揚することはなかった。並大抵のことでは動じぬ不屈の精神を鍛え上げたはずだったのに、私の人生の意味そのものともいえる至高の人を目の前にして、私は涙が溢れるのをとめられなかった。
「今まで私を育ててくださって、ありがとうございました」
「藪から棒にどうしました?まるで嫁いでゆく娘の挨拶を聞いているようで、少々こそばゆいですよ。──ああ、ほら、泣くのはおやめなさい」
 馬をすぐそばに並べて、あの方は私の頬に触れてきた。幼い頃そうしてもらったように、私はあの方の骨ばった指が優しく私の涙を拭うのを、黙ってされるがままになっていた。
「この、大地の割れるような勝鬨が聞こえるでしょう?皆、あなたや私、祖国のために命を賭して戦った勇者達を讃えているのですよ。──摎、あなたは勝利の女神です。女々しい涙は、今のあなたには似合いません」
 そっと頭を撫でてもらうと、不思議と高ぶっていた心が落ち着きはじめた。こうしてあやしてもらわなければ涙もとめられないなんて、やはり私はまだまだ未熟者だと思った。
「泣きたいのなら、あとで存分にお泣きなさい。──勝利の女神に、この王騎が胸を貸してあげましょう」
 私はつい気はずかしくなって、顔を背けた。あの方はいたずらっぽく笑いながら「おや?」と私の顔を覗き込んでくるので、いくら面頬で表情を隠しているとはいえ、きっと耳まで真っ赤に染まった愚かな小娘の顔を、しっかりと見られてしまったに違いない。
 祖国の旗が砂塵の舞う青空に高々と掲げられる。血沸き肉踊るような凱歌の響きに、私の愛馬もしきりに蹄を踏み鳴らしているのがわかる。
 ──ああ、私は確かに生きている。
 恋焦がれ続けたあの方のそばで。
 ともに肩を並べて、同じ景色を見ている。
「言ったでしょう?骨を砕くような努力は、きっと無駄にはならないのだと」
 そんなあなたに、摎は、骨の髄まで夢中になっております。



キングダム版深夜の真剣創作60分一本勝負 「骨」を使って文章作成




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