行き触れ  - Chapter 7 -



 行きつけの茶屋の店先でのんびりと茶を啜っているのは、死神魂子だ。孫のりんねを主人とする契約黒猫の絶え間ないおしゃべりに、適度な相槌を打っていた。
「正直に言うと、黒猫で集まって強化合宿なんて、めんどくさいなと思ってました。でも、行ってみたら結構楽しかったです!」
 ほくほく顔で団子を頬張る六文。合宿とやらでよほど有意義な時間を過ごせたらしい。魂子は普段通りの柔和な表情で、それはよかったわね、と当たり障りのない返事をした。
「でも、おかげで二週間近くもりんね様を放ったらかしにしてしまいました。りんね様、ぼくがいなくても大丈夫だったかな?」
 主人思いの黒猫は、思い出話に花咲かせるのをやめて、現世に残してきた主に思いを馳せた。魂子も小首を傾げる。
「あら。そう言えば、私もしばらく顔を見てないわね」
「じゃあ、ぼくが現世へ帰るついでに、一緒にいらっしゃってはいかがですか?」
「そうねえ、そうしようかしら」
 よいしょと腰を上げると、魂子は暖簾を押し分けて、店内で控えているお茶組み娘に持ち帰り用の団子と桜餅の用意を言付けた。再び戻ってきて隣に腰を下ろす彼女に、六文は目を爛々と輝かせる。
「魂子様、りんね様への手土産ですか?」
「ええ。あの子、ああ見えて結構甘いものに目がないのよ。可愛い孫に、たまにはお土産のひとつも持っていってあげなくちゃね」
 茶目っ気たっぷりに片目を瞑る元女主人に、六文はわあっと子供らしい反応を返した。微笑ましくその様子を見つめていた魂子はふと、空でカラスたちが騒がしいのを不思議に思い、頭上を仰ぐ。明らかに異質な一羽の三目カラスが、追い返そうと騒ぎ立てるカラス達の間を潜り抜けて、まっすぐに彼女に向かってきていた。
「うわっ!あ、あのカラス、目が三つありますよっ」
 自分自身も人間界では「化け猫」と称される異形であるにもかかわらず、小心者の黒猫は全身の毛をおおいに逆立てた。
「あれは死神界【こっち】のカラスじゃないわね」
 別段表情を変えずに魂子はこぼす。
「多分、地獄から来たんだわ。誰かの使いかしら?」
「地獄?地獄からの使いって、まさかあいつだったりして……」
 心当たりのある六文は憶測をしながら呟くが、立ち上がってカラスに腕を差し出した魂子には聞こえていないようだった。
 差し出された腕を止まり木に、羽を仕舞った三つ目カラスの瞳を、魂子は無言で見つめた。カラスの瞳になにかが映っているのか、それとも瞳を介して会話ができるのか、六文には分からない。賢いあの世のカラスを使役できるのは、飼い慣らすことのできた者か、あるいは死神界で相応の経験を積んだ優秀な死神だけだ。
 六文は固唾を呑んで魂子とカラスとの無言の会話を見守った。やがて、始終穏やかだった魂子の目付きが少しずつ険しくなっていった。
「魂子様?」
 心配そうに六文が呼びかけると、魂子はカラスの瞳から視線を離さずに、低く告げた。
「……りんねが危ないわ」
「えっ?」
 六文の目の前を、黒の振袖が一陣の風と共に過ぎった。役目を終えたカラスが飛び立ったと同時に、魂子がその後を追うように地を蹴ったのだった。呆気にとられた六文だったが、あわててあとに続こうと化け猫に転じかける。が、はるかな上空から魂子がそれを制した。
「六文!ついてくるんだったら、注文したものを受け取ってから来てちょうだい」
「……えっ?お菓子のこと気にしてる場合じゃないでしょ!」
「だめよ、もったいないから!」
「で、でもりんね様が!地獄で危ない目に遭ってるってことは、やっぱりあいつが関わってるのかも……って、あーっ!魂子様、待ってくださいよーっ!」
 置き去りにされた憐れな黒猫の声が、辺りにわんわんとこだました。
 カラスを追っていった魂子はすでに空高く、赤い輪廻の輪のそのまたずっと先、鉛筆の先で描いた点ほどに小さくなっていた。





To be continued


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