教えてあげる


「……ハク、何してるの?」
「何って、見れば分かるだろう?」
「真っ暗で何も見えないよ」
「そう。だったら、今からちゃんと教えてあげる」
 暗がりのなかでハクが不敵に笑った。──ような気がした。
 重ねられた唇は彼にしてはめずらしく、じわりと熱い。水を司る龍神であるハクの身体は、いつもはひやりとして抱かれていると心地好いのに、今夜は熱をもてあましたような火照りを帯びている。かすかに酒の香りがするせいかもしれない。千尋が戸惑っているうちに、彼の口づけが勝手に深まった。舌をからめとられたことに、驚いて変な声が出てしまう。普段は軽く唇を触れ合う程度しかしない。こんな口づけは、生まれて初めてだ。どうしたらいいか分からず、息苦しくなった千尋はどうにか顔を背けた。
「どいてよ、酔っぱらい!」
 自分に伸し掛っているハクの胸を懸命に押し返そうとするが、びくともしない。水干に身を包んでいるとひょろりとした痩躯にしか見えないのに、その胸板は結構頑丈だ。
「どかないよ。今日はもう、さすがに我慢ができないから」
 ふふ、と千尋に頬を擦り寄せながら、上機嫌に笑っている彼。相当呑まされたに違いない。龍は酒にべらぼうに強いとは聞くものの、さすがに限度というものがあるだろう。一体誰がおとなしいハクをこんなふうにしたんだろう?
 腹掛けの上から身体をまさぐろうとするハクの手を、千尋はあわてて掴んで止めた。
「目を覚ましてっ。こんなの、ハクらしくないよ!」
「私らしくない?」
「そうだよ!普段のハクは、こんな夜這いまがいのことなんて、絶対にしないもん!」
 突然、ふっとハクの身体から力が抜けた。千尋の隣に倒れ込んだかと思うと、そのままぴくりとも動かなくなった。規則正しい寝息が聞こえてくる。どうやら酔っぱらって眠ってしまったらしい。ああ、よかった。貞操はどうにか守られた。ほっとした千尋は掴んでいたハクの手を離し、なんだか急に恥ずかしくなって、彼に背中を向けた。胸に手をあてて心臓を落ち着かせていると、クス、と耳元で笑う声が聞こえた。
「──なんてね」
「ひゃうっ!?」
 くすぐったさに変な声を出してしまい、自分で驚いた千尋は咄嗟に手で口元を覆う。自由になったハクの手が、腹掛けの脇腹のあたりから、なかにするりと入ってきたのだ。じかに肌に触れられて、肌がぞくりと粟立った。
「ま、待って、」
「待たないよ」
「ちょっと、くすぐったいよ、ほんとに──」
「やめないよ。千尋、そなたは私のことを、ちっとも分かっていないようだからね」
 教えてあげる。
 まだ誰も触れたことのないなめらかな肌を、指先で愛おしげになぞりながら、龍の青年は鳥肌の立つような甘い声で囁いた。
「──ねえ千尋。私とて、男なんだよ?」



2015.04.02執筆 2016.09.18サイト収納
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