スペルバウンド 1


 イングランドに冬が訪れた頃のことだった。
 ホグズミードの家の屋根や木々などに、砂糖のような白い雪が降り積もっている。村は見渡す限りが白一色の雪景色となっていた。
 ーーその無垢な景色にあらがうかのように、漆黒のローブをはためかせて雪道を歩く二人の魔法使いがいた。
 一人は黒髪の男。もう一人は、月光を浴びたようなブロンドヘアの男。
 二人とも、背が高い。したがって、歩幅も広い。
 黒髪の男の方が、やや急ぎ足だ。
 並び歩いている、というよりは、ブロンドの男が黒髪の男を追いかけているように見える。
「セブルス……」
 ブロンドの魔法使いが懇願した。
「これが出来るのは、君しかいないのだよ。どうか、首を縦に振ってほしい」
「断る」
 黒髪の男は眉間を寄せて吐き捨てる。
「何故、私がそのようなことをせねばならんのだ」
「確かに、良い気のする仕事ではないことは、十分承知の上だ。ーーだが、君ほどの適役者がほかにいるだろうか?」
 知ったことか、といった様子で、セブルスと呼ばれた男が鼻を鳴らした。それでも、ブロンドの男はめげることなく食い下がる。
「君は、ドラコと『あの娘』の授業で教鞭を取っているということだから、あの娘のことも少しは知っているのだろう?」
 男の瞳がいまいましげに歪み、仄暗い光が宿った。ちらりと振り返ったセブルスは、顔を顰める。
「……成績は優良かもしれんが、どうも鼻につく娘だ」
「そして、ハリー・ポッターの親友だそうじゃないか」
 ブロンドの男は鼻で笑う。
「おまけに、生粋の『穢れた血』ときた。ーーなんともご大層な娘だ」
 まだ誰も足を踏み入れていなかった雪道に、足跡が点々と刻まれていく。男の声は静かだったが、瞳にちらつく暗い光はいっそう増してゆくようだった。
「穢れた血。汚らわしい、マグルの小娘が」
 セブルスの肩がびくりと動き、長い髪に隠れた瞳が歪んだ。しかしそれはほんの一瞬のことで、男が歩調を並べた時には、ふたたび仮面のような無表情を装った。
「……それにしても、信じがたい話だ」
 セブルスは低い声でつぶやく。
「私とて、初めは信じられなかった」
 ブロンドの髪をかきあげながら、男は嘆息した。
「ドラコには、生まれたその日から今日この日まで、わがマルフォイ家の純血の誇りを教え諭してきたはずだった。それなのに、まさかあのような娘に……心惑わされるとは」
「ーールシウス」
 セブルスは小さく舌打ちした。
 ルシウスが目前に立ちはだかって、彼の行く手を阻んでいた。
「どきたまえ。私は忙しい」
 ルシウスは苦々しい顔をした。
「頼む、セブルス。君の手で二人に忘却術をかけてやってくれないか。何もかも忘れさせてしまえば、私の胸のつかえも取れるというものだ」
 セブルスは冷笑した。
「余程の親馬鹿だな、ルシウス。息子の恋路にすら、首を突っ込まなければ気が済まないとは。ドラコもさぞかし息が詰まることだろう」
 遠慮のない嫌味に、ルシウスの眉根がついと寄った。が、不意に彼の口角が吊り上がった。
「……しかし、セブルス。あの娘は、君の憎むハリー・ポッターの友人なのだろう。このことに加担すれば、君も少しは過去の憂さ晴らしができるんじゃないか?」
「─ー何?」
 セブルスの目に明らかな動揺の色が浮かんだ。
「奴は、あのジェームズ・ポッターの置土産。君があの男を誰よりも憎んでいることは、よく知っているさ。学生時代に君は奴から散々な目に遭わされたからな。ーー無理もない」
 憐れむようなまなざしに、セブルスの顔が屈辱と焦りで蒼白になった。
 抑え込んできた憎悪がふくれ上がっていく。なるべく触れないようにと、あの日から慎重に生きてきたはずだったのに。
 ある少年を守るために。
 そして、そうすることによって、たったひとつの愛を貫くために。
「私は知っているぞ、セブルス」
 ルシウスは勝ち誇った笑みを浮かべた。
「君は、あの赤毛のマグル女ーーリリー・エバンズを好いていたんだろう?」
 セブルスは顔を背けた。
「ーー戯言を」
「戯言?おや、では気のせいだったということか?あの方の御前で、あれ程必死になってあの女の命を救おうとしていた君だったから、てっきりそうなのかと思ってしまったよ」
 余裕ある薄笑いを浮かべるルシウス。反論の余地もなく、セブルスは憔悴した。魂まで抜けるかのような長い溜息をついた。
「心配せずとも、このことは決して他言しない。もし君が、親切にもこのことに協力してくれるならね」
 セブルスは黙っていた。その沈黙は了承の合図としてとられた。
 満足気にルシウスが去っていったあとも、彼はしばらくの間そこから動けずにいた。
 課せられた任務がずしりと重く、肩にのし掛ってくる。
 二重スパイである以上、闇側の人間から失心を買うことは避けたかった。闇の内でも外でも権力を誇るルシウスに、弱みまで握られてしまっては、したがうほかはないだろう。
 気が進まずとも、やるしかなかった。
 彼は瞳を閉じ、そうして心にも蓋をした。
 感情を殺せばいいのだ、と自分に言い聞かせる。
 「芽」を摘み取ることなど造作もない。行末の見えない青い恋など、不幸でしかないのだ。
 ーー辿り着いた答えは、果たしてあの二人のことを指しているのか。それとも、遠い日の自分自身を指しているのか。
 彼は考えることすらも億劫だというように、首を横に振った。



To be continued

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