愛の妙薬 Act.4



 厨房から帰ってきた屋敷しもべ妖精が、薬の入った小瓶を、震える手で返して寄越した。確かに液体が減っていることを確認してから、僕は視線を妖精へと落とす。
「言い付けた通りにしたか?」
「は、はい…」
 念を押すように腹に力を込めて訊くと、薄汚れた妖精は怯えきった声で言って、耳を垂れた。
「……グリフィンドール寮監督生、ハーマイオニー・グレンジャーのゴブレットに、渡された薬を盛りました」
「それで、それは今確かにグレンジャーの手前にあるんだな?」
 高圧的に見下ろしながら再度問うと、妖精はビー玉の目を零れんばかりに見開いた。
「も、もちろんでございます。わたしがこの目で確認いたしました」
「他の奴に手を付けられたら困る。確かだな?」
「はっ、はい、命をかけても確かでございます」
 石畳に鼻を付けるほど低頭しながら妖精は言った。その時、下等な生物への侮蔑を押し遣るようにして、ふとある思いが過ぎった。
 ──こういうことをしているから、益々嫌われるんだろうな。グレンジャーに。
 胸が痛んだ。しかし、握り締めた小瓶の存在を思い出したとき、その痛みはゆっくりと引いていった。
 もう自分の行動によって、こんな思いをすることもなくなるんだ。そう思えば口元には薄笑いすら浮かんだ。
 彼女は今や僕の手に落ちたも同然だ。愛の妙薬を服用すれば、たとえ聡明なグレンジャーでも、薬の強力な効能からは逃れられない。
 じきに僕に対する嫌悪も憎悪も何もかも忘れるだろう。そして失った負の感情の代わりに、盲目的なほどの愛情を知るだろう。
 憎むべき相手に恋をして、苦しむがいい。この僕が苦しんできたように。
 残酷な思いを抱きながら、僕は直線に伸びた長い廊下を渡った。大広間の扉を開け、定位置に腰を下ろす瞬間、一瞬振り返って彼女の様子を窺う。
 グレンジャーはいつも通り、ポッターとウィーズリーに両脇を挟まれて、表情を綻ばせながら話に花を咲かせていた。
 その手前には妙薬の仕込まれた金色のゴブレット。
 自然と喉が鳴る。
 極彩色のローブを纏った校長の着席と共に、ディナータイムは始まり、あちこちのテーブルで薫り高い料理が銀盤を華やかに彩った。
 豪勢に料理を掻き込むクラッブとゴイルに食欲のないふりを装い、何気ない様子でグリフィンドールのテーブルを見遣る。
 ちょうどその時グレンジャーが、かぼちゃジュースの注がれたゴブレットに、手を伸ばしたところだった。
 僕は固唾を飲みながら、その瞬間を見守った。
 右隣のポッターに笑い掛けながら、彼女はゴブレットを口元に運んでいく。
 ──これでいいんだ。欲するものは狡猾に、どんなに卑怯な手段をとってでも手に入れる。それがスリザリン寮に属する者の美徳なのだから。
 誰にともなく胸の裡で弁明しながら唇を噛んだ。
 その瞬間。
 彼女は視線をこちらへ流した。
 確かに、目が合った。
 背筋に冷たいものを感じた。それでも表情ではできる限りの平静を保った。
 気付いたのか。まさかそんなはずは。幾らグレンジャーと言えども、並々に注がれたかぼちゃジュースの中から、無味無臭の魔法薬の有無を察知できるはずがない。
 憶測を巡らせているうちに、彼女は光の速さで視線を逸らし、ゴブレットの中身を呷った。
 
 一瞬がまるで永遠のように思えた。
 ナイフやフォークの音、談笑する声、極彩色の料理、すべてが遠のいた。
 グレンジャーはテーブルにゴブレットを置くと、胸元を強く掴みながら、こちらをゆっくりと振り返った。
 先程逸らされたのが嘘のように、意思の籠った視線が絡み付く。
 晴天の霹靂だった。
 グレンジャーは、こちらへ向けて、恥じらうような微笑みを浮かべた。
 心臓が早鐘を打つ。
 瞳の中に、その微笑みの他にはもう何も映らなかった。




To be continued


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