贈り物



「あの、六道くん、やっぱりやめにしない?」
 珍しく焦った様子で桜は言った。片やりんねは余裕のある微笑を浮かべながら、そんな彼女に躙り寄っていく。
「往生際が悪いぞ、真宮桜」
「だって…やっぱりだめなんじゃないかな、こんなの。私まだ高校生だし…」
「……一度覚悟を決めたんだ。今更やめるっていうのはナシだぞ」
 桜はぐっと言葉につまりながら、壁に背をついた。彼は既にすぐ目の前で、それ以上の逃げ場はない。
「大丈夫だ、すぐ終わる。怖くない」
「……六道くんだってやったことないくせに」
 憮然とした表情で言うと、りんねは僅かに肩を竦めた。
「問題ないさ。手順はちゃんと頭の中に入ってる」
「……本っ当に大丈夫?」
 自信あり気に頭を指差すりんねに、桜は胡乱げな眼差しを向けた。
「大丈夫だ。安心しろ」
「……痛くない?」
「ああ。痛くならないように努力する」
 桜は小さく嘆息した。それから意を決したように、唇を一文字に引き結び、瞳を固く瞑った。
 顔のすぐそばを掠めた空気の動きによって、りんねがまた一歩歩み寄ったのが、桜にはわかった。
「力を抜いたほうがいい」
 頬に手が掛かり、顔を上げられると、彼の言葉に反して桜は益々閉じた目蓋に力を篭めた。りんねは苦笑いを浮かべる。
「随分緊張してるな、真宮桜」
「当たり前でしょ。六道くん、覚悟が鈍らないうちに、お願い」
「わかった。……じゃ、いくぞ」
 桜の頬に掛かった髪のひと筋を、りんねは耳にかけてやった。来るべき瞬間に備えて、桜は、呼吸を止めた。

「あれっ、桜ちゃん、ピアス開けたの?」
 リカの素っ頓狂な声に、桜はしーっと人差し指を口元に当てた。
「先生に見つかったらまずいから、内緒ね」
「あ、そうだよね。でもなんで?いつの間に?」
 まじまじと自分の右耳を見詰めているミホとリカに、桜は小さく吹き出した。
「うん、ちょっとね」
「そっか。でも似合ってると思うよ、すごく」
「綺麗な石だねー。これ、誰かからのプレゼントでしょ?」
 リカがさくら色のピアスを指さしながら訊いた。桜は耳たぶに触れながら、曖昧な微笑みを浮かべる。
「さあ、どうかなー?」
「ええーっ。桜ちゃん、親友なんだから隠し事はなしだよ!」
 駄々をこねるリカにくすくすと笑いながら、桜は隣席で造花作りにいそしむりんねをさり気無く一瞥した。全く同じタイミングで、りんねも視線を彼女の方へと流し、そして確かに口元をゆるめた。

 桜は時々、自室の窓の外から聞こえてくる幽霊の声がうるさくて、よく眠れないときがあった。そのことを相談した翌日、りんねは超常的な音源の発する音を遮断するこのピアスを贈ってくれた。
 以来、彼女はラップ音やらなにやらに悩まされることはなくなり、快眠を得られるようになったのだった。



end.


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