誰にも聞かれなかったレクイエム


 レクイエム。魂を鎮める曲。ラテン語で「彼らに安息を」という意味をもつ。

 CDショップの自動ドアをくぐるやいなや、彼の鼓膜を、けたたましい破裂音のようなミュージックが引っ掻いた。
 不快感を隠そうともせず、彼は耳元を塞ぐようにして手で押さえる。気難しい顔をしながら、流行りのアーティスト達のアルバムが並べられた一角を、一瞥もくれてやらずに通り過ぎる。そして真っ直ぐに、奥の方のクラシックコーナーへと向かった。
 背を屈めて、彼はショーケースに陳列されたCDたちを見定め始めた。探しているのはモーツァルトの「レクイエム」が収録されているCDだ。その曲さえ入っていれば何でもよかった。
 一番最初に手を付けたCDをカウンターに持っていき、代金を支払うと、彼は再び耳を塞ぎながら自動ドアへ歩いていき、喧しいミュージックの鳴り響くCDショップをあとにした。

 自宅で聴いても良かった。だが彼はそうせずに、学校へ向かった。
 残照が校舎の窓に反射している。鴉たちが黒い翼を羽ばたかせながら遠くへと飛んでいく。音楽室の音響器具を弄る手をとめて、彼はあかねさす空を見詰めた。
 ──あの日もこんな空だった。
 感傷的になってきた絶妙のタイミングで、スピーカーから「レクイエム」が流れ出す。
 ピアノの椅子に腰掛けて、彼は祈るように手を組み、額に押し当てた。荘厳な鎮魂曲は、音量を下げているため、微かにしか聴こえない。
 だが彼にはそれでよかった。心が音楽に押し流されずに済む。
「………馬鹿野郎」
 目を固く瞑りながら、彼は呟いた。胸元に下げたロザリオが危う気に震える。
「六道、俺は……お前を許さん」
 閉じられた瞳の端に涙が浮かんだ。鴉の鳴き声は遥か遠く、レクイエムもまた、耳を澄ませなければ聴き取ることができない。
 唯々リアリティがなかった。彼らのいない放課後にいることが。
「なぜだ、六道、」
 鍵盤に涙を落としながら、彼は声を詰まらせた。
「お前は…なぜ、真宮さんを連れて行った……っ」
 レクイエムは流れる。声を殺して涙を流す少年の鼓膜を震わせ、記憶を揺さぶりながら。

 逝ってしまったもの、残されたもの。
 ──彼らに安息を。


end.


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