舞い落ちるもの


 学校を欠席しがちだった伏良平が、突然一日も欠かさず登校するようになった。その上、転校生の神代春花と毎朝親密に登下校をしているので、クラスの中では様々な憶測が飛び交っていた。
「結局のところ、神代さんは伏くんと付き合ってるんでしょ?」
 にやにやしながら肘で小突いてくる前席の友人に、春花は「ええっ!?」と大袈裟に驚いてみせた。寝耳に水といった反応だった。顔を真っ赤にして首をちぎれんばかりに横に振る。
「何言ってんの!?違う違うっ」
「だってさ、転校生のはずなのに、いつの間にか知り合いになってたし」
「あれはただ、ちょっと学校の外で知り合っただけでっ」
「しかも一緒に登下校してるじゃん?ほんと、ものすごく仲いいよねーってみんなで言ってたんだよー」
「そ、それは、ただ家が近いからっ」
 しどろもどろになって弁解する春花の様子はあまりにも初心で、実にからかい甲斐があるのだった。気づけばクラスの連中が彼女たちの机の周りにわらわらと集ってきていた。
「そっかー、やっぱりお前らってそーゆう関係なのかあ」
「違うってば!」
「なんか親密だったもんね、伏が学校に来た日からずーっと」
「神代がいるから学校来てるって感じだもんな、伏のやつも」
「……俺が何だって?」
 突然、渦中のもう一人の人物が割って入ったので、うるさいおしゃべりが瞬時にして止んだ。
 春花はその顔をまともに見ることができず、もじもじしながら俯いた。
「いつまでも何やってんだ?春花。そろそろ帰るぞ」
 後期の視線をものともせず、良平は輪の中に躊躇いなく分け入って、春花の顔を覗き込んだ。間近に顔が近づくと途端に、春花は耳たぶまで真っ赤になった。
 誰かが茶化すように口笛を吹く。すると再びクラスが活気づいててんやわんやの騒ぎになり、春花はますます顔が上がらなくなった。
「わ、私っ、今日はちょっと寄り道して帰ろっかなーなんて…」
「どこに?だったら俺も行く」
 逃げ道をさらりと通せん坊され、春花は泣く泣く椅子から腰を上げた。良平がごく自然に彼女の手を引いたので、二人を見送る連中はますます騒ぎ立てたが、彼は知らず存ぜずの態度を遂に崩さなかった。

 外は雪が降っていた。二人分の足跡を雪道にきざみながら、良平と春花は帰路を黙々と進む。寡黙な良平との登下校中は大抵いつもこうなのだが、今日はどうにも沈黙がかえって落ち着かず、耐え切れなくなった春花は上擦った声を上げた。
「ふ、伏くんっ」
「ん?」
 良平はくるりと振り返った。春花はぎこちない笑顔を浮かべる。
「伏くんはさ…気にならないの?私達の噂とか」
「別に」
 即座に答えを寄越され、彼女は返す言葉に窮した。
「あながち嘘でもないしな」
 と、春花の様子を窺いながら良平は付け足した。
「お前がいるから学校行き始めたっていうのは、本当のことだし」
 春花の歩みが止まる。丁度山道にさしこむ手前のことで、山の方からは犬の鳴く声が聞こえた。
「カルナと天童だな」
 と、良平は滅多に見せない笑顔を浮かべた。春花は口を開けたままその横顔をみつめている。
「あの、伏くん、今のどういう…」
 良平は、山道を降りて駆け寄ってくる愛犬たちから視線を外して、春花を見遣った。犬たちを見つめる時と同じ、優しい眼差しだった。
 ──若苗。

 雪が舞い落ちる。太古の昔から変わらず、この因縁の地を銀色に染め上げる。血染めの悲しい過去を覆うかのように。
 カルナと天童を撫でてやっている春花を見つめながら、良平はゆっくりと目を閉じた。目蓋の裏には、彼女の中で眠りについた若苗の姿が浮かび上がった。
 



end. 



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