命をし全くしあらば球衣のありて後にも逢はざらめやも - 10 - | ナノ

命をし全くしあらば球衣のありて後にも逢はざらめやも 10


 夢のような一週間が過ぎた。起床すれば真っ先にかごめの顔を見、就寝する間際には子守唄にその柔らかな心音を聴く。
 彼女と情を交わした翌日は身体が驚く程に軽く感じられた。何百年もの間鉛のように重たく気だるさしか覚えることのなかった身体が。
 男と交わったことのなかったかごめは、破瓜とは、隙間なく縫い合わせた布の端がほんの少しほころびた感覚に似ている、と言った。幸福そうに表情を弛めながら。
 いつぞやの法師のように美色を漁る癖があるわけではないが、彼とて男だ。それなりの経験はあった。だがこの日初めて、色道によって、躰の快楽以上の至福を得られるのだということを知った。

 犬夜叉の腕枕に頭をあずけながら、かごめは稚児のような表情で眠っている。その前髪をかきあげて、犬夜叉は露わになった額に唇をよせた。かごめはほんの少し身動ぎしたが、すぐにまた安らかな寝息を立てた。
 かごめを知った翌日、彼女がなかなか床から起き上がれずにいるのを見て、もう少し労ってやらなければと犬夜叉は思った。
 以来、抱くときには情欲が先走らぬようにと彼なりに抑えを利かせてはいた。それでも彼の下で登り詰めたあとのかごめは、まるで催眠術でもかけられたかのように昏々と眠り続け、なかなか目を覚まさないのだった。
 まろやかな肩を抱きながら、犬夜叉ははたと不安に見舞われた。
 ──もしかして、俺のせいでこんなに眠り続けてるのか?
 まさかそんなはずは、と即座に彼の裡で否定の声が上がった。犬夜叉はその声に縋りたかった。しかしその声とは裏腹に、そうとしか思えないような気もしてきていた。
 かごめとの情交は、確実に犬夜叉へ何らかの作用を及ぼしていた。事実この一週間で心身共に驚くほどに軽くなり、起床は早まり、太陽を以前ほど厭うことがなくなっていた。
 それに反して、かごめは、より多くの睡眠を要するようになった。起きている間も眠気を纏い、眼を擦るほどだった。思い返してみればこの一週間、彼女は食もあまり進んでいなかったように思えた。

 ──俺はかごめから生気を吸い取っているのかもしれない。

 至った考えの恐ろしさに犬夜叉は身震いした。まろやかな肩からぱっと手を離す。
 自分の触れたところから、かごめの生気が自分の方へと流れ込んでいるのではないか、そう思うと寒気がした。
 途端にかごめが不可触の存在であるように思えた。そしてすぐ隣に居るにも関わらず、二人の間の距離が遥か遠く感じられた。
 本当に夢のような一週間だった。だが夢は所詮夢でしかない。泡沫のように、目覚めればうつつに弾かれて消えていくはかないもの。
 犬夜叉はかごめの頭の下から慎重に腕を引き抜くと、床から身を起こして、覚束無い足取りで後ずさった。月光に照らされたかごめの寝顔を食い入るように見詰める表情には、恐怖さえ浮かんでいた。
 障子に背がつき、それ以上進めなくなると、そのままずるずると腰を落とした。
「やっぱり、俺はお前の側にはいられねえのか……」
 拳を額に押し当て、肩を小さく震わせる。自嘲気味な笑いは、やがて忍び泣きに変わった。
 背に降りそそぐ冷えた月光を感じながら、犬夜叉はひとり、長い夜を明かした。




To be continued 

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