魔女の弟子


「それにしても、竜が魔女に弟子入りするなんてねえ」
 聞いたことがないよ、と銭婆は嘆息する。契約印を盗んだ一件以来、この魔女に頭が上がらないハクは痛い所をつかれて苦笑してしまう。
「あの時は、私も必死だったので」
「いくら必死と言ってもねえ。そのせいで死にかけたら、元も子もないだろうに」
 確かにその通りだった。魔女の弟子入りは決して容易ではなく、文字通りの命懸けだった。丁稚奉公でさんざんこき使われ、危ない橋を何度も渡ってきた。腹に仕込まれたタタリ虫がまだ蠢いているような錯覚に、ハクはわずかに眉をひそめる。
「そもそもなんだって、妹に魔法を教わろうと思ったんだい?」
 カップをソーサーに戻して、魔女の姉は眼鏡の奥の瞳を細めた。
 ネズミに化けた子供とハエになった鳥とこの家の黒い住人は、部屋の隅で黙々と共同作業に従事している。カラカラと糸車を回す音、パチパチと暖炉で薪のはぜる音、ガタガタと風がガラス窓に吹き付ける音が断続的に聞こえてくる。
 「沼の底」は静かで居心地のよいところだ。油屋の喧騒を忘れさせてくれる。
 竜の少年はしばし腹をおさえて物思いに沈んでいたが、顔を上げて魔女と向き合った。
「あの子が教えてくれたのです。昔、魔法使いのことを」
 自分が何者であるかを思い出した今、過去の記憶はハクの脳裏に鮮明に浮かび上がってくる。
 幼い子どもが彼の川辺で絵本を読んでいた。
 舌っ足らずのたどたどしい声が、お気に入りの物語を読み上げる。
 竜は川の底で心地良くまどろみながら、遠い国の「魔法使い」の物語に耳を傾けていた。
「魔法使いになれば、叶わないことはないと思いました」
 子どものための夢物語。
 竜の少年も、人間の子どもと同じ夢を見た。
「魔法だって、万能じゃないんだよ」
「わかっています。──それでも、私のささやかな願いは叶えてくれた」
 さんざん酷い目に遭った割にはいい顔をして笑う。老婆心から、魔女は少年の行く先を案じた。
「契約を無効にするには呪いを解かなくちゃいけない。お前には、それなりの試練が与えられるだろう」
「はい。覚悟はできています」
 魔女の弟子はすでに契約の囚われ人ではなく、神々しいまでのかつての輝きをその瞳に取り戻していた。
「私もきっと、あの子のように乗り越えてみせます」



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