暁のヨナ | ナノ


▼ 白雪 【キジャ+ヨナ】


 天幕の外に出てみると、森一帯がうっすらと雪に覆われていた。
 道理で昨晩は冷え込みが尋常ではなかったわけだ。大の男達が狭いねぐらで身を寄せ合って窮屈にしていたにもかかわらず、寒さのあまり手足が凍えそうでじっとしていられない。おまけに隣に寝ているハクが意図してか無意識にか、彼の掛物を引っ張って奪おうとするのを、阻止せねばならなかった。お陰でほとんど眠ることができぬままに夜明けを迎える羽目になった。
 キジャは寝不足の重い目蓋を擦りながら、水瓶のありかを探す。冷たい水で顔を洗えば眠気覚ましになるであろうと考えたのだ。ユンの整頓された荷物の傍らでそれはすぐに見つかったが、残念ながら使い物にはならなかった。昨晩の極寒によって、溜めていた水が「冷たい」を通り越して、きんきんに凍っていたのである。
「あら?おはよう。早いのね、キジャ」
 気をとり直して焚き火を起こしていると、もう一つの天幕からヨナが顔を覗かせた。欠伸を噛み殺している。おはようございます、とキジャは笑顔で返しながらも、主が華奢な肩を心もとなく震わせているのを決して見逃さない。不思議なもので、ヨナが凍えているさまを目の当たりにすると、たちどころにわが身の寒さを忘れ去っていた。
「姫様、今朝は冷えますでしょう?お身体に障ってはいけない。どうか私の外套をお召しください」
「ありがとう。でも、それはだめ。あなたのその気持ちだけ、ありがたくもらっておくね。キジャに寒い思いをさせてしまうのは嫌だから」
「姫様を温めて差し上げられるのなら、私は寒さなど感じません!」
 誇らしげに胸を張るキジャに、ヨナはいつも彼の胸を高鳴らせてやまない、あの天上の笑みを振り撒くのだった。
「キジャ、こっちにおいで」
 言いつけられた通りにすると、ヨナの手がキジャの冷えきった龍の手をそっと包み込んだ。それだけでは足りず、薄氷のような鱗をいたわるように撫で、彼の手のひらを自分の頬に押し当ててみたりもした。今この瞬間だけは、ヨナは他の誰のものでもなく、彼だけの人だった。キジャはその手や頬を通じて感じられる優しい温もりに、絹のように柔らかくなめらかな肌触りに、今にも頭が沸騰しそうになる。
「キジャが雪景色の中にいると、まるで雪の精を見ているようだわ。髪の毛も、肌も、あなたは透き通るように白いから」
 微笑みかけられて逃げるように俯くキジャの姿は、まるではじらう乙女のようだ。
 白銀に輝く長い睫毛の上に、ひとひらの雪が落ちて、そっと消えた。
 まだ仲間の誰一人として、天幕から起きてくる気配がない。
「姫様は、雪はお好きですか?ーーそれとも、お嫌いでしょうか」
 肩を寄せ合い焚き火にあたりながら、キジャはヨナの顔を窺う。ヨナは彼がくべたばかりの新しい薪を、火掻き棒がわりの木の枝でつついている。ゆらゆらと燃えたつ火を照り返す彼女の瞳は、吸い込まれてしまいそうなほど生き生きとして美しい。
 胸に息苦しさを覚え、キジャはつとめて深呼吸を心がける。
「姫様は炎の御方。もし私が雪であったなら、長いことこのように姫様のお傍にいては、身も心も溶けてしまいますね」
「おもしろいことを言うのね」
 笑いの合間に、ヨナが小さなくしゃみをした。鼻の先がほんのりと赤くなっている。キジャはすかさず自分の外套を脱ぎ、彼女の肩に被せかけた。ヨナは悪がって返そうとしたが、断固として彼が受け取ろうとしないので、結局は根負けした。
「先程私の手を温めてくださったことへの、これはお返しです」
 何かしら大義名分をあたえなければ納得してもらえそうになかったので、キジャはそう言い添えた。本当は最初から、手に触れてもらおうがもらえまいが、自分の外套などまったく惜しくはなかったが。
 赤き炎に触れることの、なんと心地よいことか。ーーなんと、胸の疼くことか。
 思いの限りを尽くしてこの御方の傍に居られるのなら、いずれその火に焦がれ死のうとも、我が胸に悔いなど残らぬであろう。
 





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