暁のヨナ | ナノ


▼ 夢路 【ジェハ+ヨナ】


 気に入らない。いらいらする。はらわたが煮えくり返るようだ。
「ジェハ、どうしたの?さっきから難しい顔をして」
 いまいましい黄龍が軽妙に鼻歌を歌いながら去った今、焚き火勢はジェハとヨナの二人きりとなった。狩りの途中で文字通り「跳び出した」きり狩り場に戻らないので、ハク達があちこち捜しているかもしれないが構うものか。
 いまはヨナの傍を離れるわけにはいかない。いつまた、あの幼気な少年の皮を被った年寄り龍が戻ってくるともしれない。彼女が毒牙にかからぬよう、ここはなにがなんでも死守しなければ。
「だいたいね、ヨナちゃん。君はいつも無防備過ぎていけないよ」
「無防備?」
 ヨナはすでにけろっとして沢から汲んできた水など飲んでいる。今しがたゼノにされたことは、単なる悪戯と受け流すことにしたらしい。普段の姿があのように人畜無害で愛嬌のある少年なだけに、一度牙を剥かれたくらいでは警戒心を抱くには至らないのだろう。
「私、弓の練習も剣の特訓も頑張ってる。自分の身くらいは守れるように努力しているつもりよ」
「いや、そういうことじゃなくてね……」
 緑がかった前髪をかきあげ、ジェハは溜息をこぼす。色事にかけては百戦錬磨の強者と自負する彼だが、このお子様には調子を狂わされてばかりだ。
 それにしても、まさか黄龍までもが脅威になろうとは。頭の痛くなるような話である。
「──今でもすでに、敵は手一杯なのに」
 悩める青年の憂鬱も知らず、ヨナはどこかから拾ってきた長い木の枝の先に、ユンお手製の柔らかい胡桃餅を挿し、焚き火でいい具合にあぶっている。期待に輝く横顔が悔しくなるほど可愛くて、つい意地悪してしまいたくなる。
「ご飯の前に間食なんてしていいの?太っちゃうよ。まあ僕は、もっと肉をつけたほうが抱き心地が良くなりそうだと思うから、あえて止めはしないけどね」
「……ジェハって、やっぱりちょっとハクに似てるわ」
 いつも仮面男の肩にいるあのリスのように、すねたヨナが頬を膨らませている。でも焼けた餅を諦めるつもりは毛頭ないらしく、不満げな顔のまま熱々の餅にふうふうと息を吹きかけて冷まそうとする。そういう膨れっ面さえも好ましく、愛おしいと思うのだからかなりの重症らしい。
「貧相な体つきで悪かったわね。でもおあいにくさま、そういうことはハクに言われ馴れてるから、全然平気よ」
「貧相だなんて言ってないよ」
「胸がないとかどうとか言ったじゃない」
「いや、そこまで言ってないって」
「言ったわ」
「あのね、僕は今のままのヨナちゃんでも十分──」
 むきになって口走りかけた言葉をどうにか押しとどめる。厄介だ。また余計なことを言わないように、できることならこの口に蓋をしてしまいたかった。
 彼の気が挫けたと思ったらしい。ヨナは肩を竦め、あっけらかんと笑いかけてきた。
「ジェハのお眼鏡にかなう女の子って、一体どんな美人さんなのかしら?私、ちょっとだけ見てみたいような気もするわ」
 情けない。十近くも年下の少女にかなわないなんて。こんなふうにうまく丸め込まれてしまうなんて。年嵩のくせにまるで面目がつかないではないか。
 和解のしるしのつもりだろうか。あぶりたての胡桃餅はジェハのものとなった。ヨナがもう一つの餅をあぶるのを待ってから、二人で並んで食べた。ジェハの餅は冷めかかっていたが、それでも甘くて香ばしかった。
 しばしこのまま、二人きりでいたいと思った。誰にも邪魔されることなく、彼女の気配を思いのかぎり傍で感じていたい。
 ヨナという、足枷。天翔る龍を繋ぎとめて離そうとしない、忌み嫌っていたはずのその戒め。彼女になら、縛られてもいいと思う。むしろ永遠に、この繋がりを断ち切られたくはない──。
 天高く、千里の先までも跳び越えゆきたい。ヨナという人の行くところならどこまでも。
 いつか緑龍から授かったこの脚が加護を失い、跳べぬ龍に成り下がったとしても。握り締めたいと願うその小さな手が、別の男の手をとったとしても。
「追いかけていくよ、ヨナちゃん」
 それが彼の美学が導くところの、見果てぬ夢。待ち焦がれてやまない、久遠の旅路だ。






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