暁のヨナ | ナノ


▼ 黎明【スウォン+ヨナ+ハク/未来】

(※幼馴染み三人の未来捏造。
「大将軍」シリーズとは異なります。)


 ──先王は甥によって弑逆された。現国王は血塗られた玉座を我が物とする厚顔無恥の謀叛人である。大罪を犯した残虐非道の王を廃し、正統なる継承者を新たに立て、地に落ちた王国の威信を取り戻せ。
 五部族の治める各州都に統治者を告発する壁書が張り出された時にはすでに、若き王にとって、すべてが手遅れであった。
 王国全軍の総帥権は、すでに王のものではなく、民心を獲得した「正統なる継承者」によって掌握された。本来国王の居所として最も手厚く警護されるべき王城は、今は天下の謀叛人をかくまう要塞として、武装した無数の兵によって物々しく包囲されている。
「スウォン」
 燃えるような赤毛の娘が、城門から大股で進み入り、赤屋根の高殿に向かって凛と声を張り上げた。
「大人しく投降しなさい。──おまえはもう、王ではない!」
 玉座の間の扉が重々しい音をたてて開け放たれる。廃位となった国王がその姿を現すと、城壁の外からは民衆の怒号や罵声が轟音となって鳴り響いた。しかし若き廃王は、王国全体の敵意を向けられることへの恐れや敗者の悲愴感などを微塵も感じさせることなく、頭を高く上げたまま、颯爽と長いきざはしをおりてくる。
「王殺しを八つ裂きにしろ──ッ!」
 群衆から憎しみに満ちた野次が飛ぶ。どよめきがひろがっていく。
「謀叛人を生かしておくな──ッ!」
 鳴り響く轟音は天地を揺るがすほどだ。戴冠式の日に浴びた歓声が、彼はふと懐かしく思えてくる。
「女王陛下のご英断を──ッ!」
 一段、また一段と、王と呼ばれた青年は高みからおりていく。
 覇権を手にする野望に胸を焦がし、この王国の頂点に上りつめるまでに、多大な労力と時間を要した。
 だが、そこから地に転落するまでは、思わず笑ってしまいそうなほどあっという間だった。
「スウォン」
 声が聞こえる程度の距離をたもって彼は立ち止まる。唇を真一文字に引き結んでたたずむのは、彼がこの城から追い出した従妹。その背後には、愛刀を携えた高華の雷獣がひかえている。
 いつかこうして対峙することになるだろうと覚悟していた。
「──民心とはわかりやすいものですね。即位の時にはあれほど熱く支持していた王を、戦争で他国の合従軍に負けて不都合が生じたからと、あっさり見限った」
「その通りよ。王のあやまちをただすのは民であり、国そのものなのだから」
 ヨナの声はすでに王たるものの威厳に満ちていた。
 城外のどよめきが、しんと静まり返る。
「民が弱っているのに、あなたは戦争を推し進めようとした。和平を提案する私たちの声を聴こうともしない。支配欲におぼれた独り善がりの統治で、民心が得られると思うの?」
 スウォンは目を細める。離れていても、従妹の瞳が深い悲しみをたたえていることに気づいていた。
 わかっている。
 王を廃するのであれば、何らかの大義名分が必要だ。
 新たな王に担ぎ上げられた彼女が、従兄を肯定することがあってはならない。
「──ヨナ。あなたとお話することはありません」
 ヨナの背後で、得物を握り締めるハクの手に力がこもるのを見て、スウォンはふと静かな笑みを浮かべた。
 ここは王城という大舞台であり、彼らは廃王糾弾という寸劇の立役者だ。
 その役目を全うする義理はない。
 それでも──。
 従妹に大義名分を与えることで、せめてもの罪滅ぼしとするのも、また一手かもしれない。
「──スウォン?」
 ヨナが眉をひそめる。
 彼はゆったりとした袖口に、これ見よがしに手を差し入れている。
 中から引き抜こうとしたものが何かわかる前に──従妹の背後にひかえていた雷獣が、目にもとまらぬ速さで動いた。


「私を葬らなかったことを、後悔しませんか?」
 朝霧に包まれた国境の渓谷。
 外套の頭巾を目深に被ったその青年は、同じく丈長の外套を身にまとい、馬上の人となった少女に問う。
 背後の護衛をちらりと振り返り、しばし視線を交わしたのち、向き直った少女が逆に問い返してきた。
「あなたは私たちを生かして、後悔したことがある?」
 青年は、顔を背けてささやく。
「──何度も後悔しましたよ」
 嘘が下手ね、と少女は微笑む。大きな瞳から涙をこぼしながら。
「あなたのことだから、きっとどこへ行っても生きていけるのでしょうね。──でも、この国に戻ってきてはだめよ。私たちでは、きっとあなたを守りきれないから」
 青年はこたえなかった。
「遠くに行って。誰もあなたを知らないところまで。そして──」
 嗚咽する少女の肩を抱いて、言葉を繋いだのは青年の幼馴染みだった。
「生きろ」
 それは嘘偽りのない、力強い一言だった。
「人のために、生きろ。スウォン」
 その名を呼ばれることは、もう二度とないだろう。
 青年の口角がふと持ち上がる。
 かけがえのない二人に背を向けたのは、これ以上、眦に溜まったものをこらえているのが難しくなったため。
「ええ、そうします。──きっと」
 






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