暁のヨナ | ナノ


▼ 雲従龍 風従虎【ゼノ+ハク/未来】

「兄ちゃん、まだ娘さんに求婚してねえんだってな」
 黄龍ゼノの手酌を受け、ハクは杯を一気に呷る。
 四阿【あずまや】から見上げる月は、薄雲に淡く見え隠れしている。
 二人で交わす月見酒。珍しくゼノが四龍仲間には声をかけず、彼だけを誘ったわけを、ハクはようやく思い知った。
「うかうかしてっと、どっかの国の皇子やら貴族やらにとられちまうぞ」
「折角の月見の晩に、説教かよ」
「老婆心、老婆心」
 緋龍城の窓は点々と明かりがついている。夜更かしして何をしているのやら、ヨナ姫の寝室からも、まだほのかな光がこぼれていた。
「──俺にだって、色々思うところがあるんだよ」
 皇女との婚姻が何を意味するか解らぬほど、馬鹿ではない。
 先王イルの忘れ形見は、皇女ただ一人。
 この王国において、皇女のみが王統を継ぐ資格をもつ。
 その夫となる者とは、すなわち皇女と共に玉座に座り、高華国の王冠を戴く者である。
 皇女が国母となるならば、その婿は万民の父となり、王国を導いてゆかねばならない。
「娘さんを幸せにする自信がないってわけじゃないだろ?」
 何本目とも知れぬ徳利を傾けて、ゼノが笑う。
 まさか、とハクは首を振る。
「でもな。姫さんを嫁にもらうってことは、つまり、この高華国も一緒にもらい受けるってことになるだろう?」
「なるほどな。王様になるのは、ちと荷が重いってか」
 箸を手に取り、肴をつまむ。
 決して煩わしいなどとは思わない。
 だが、それでも。
「俺なんかが、本当になっていいのか、とは思うよなあ──」
 ゼノは片膝をたてて、その上に顎をのせた。
 ハクを見つめる眼差しが、このうえなく優しい。
 二千年もの時を生きてきた賢者の目に、ハクのような青二才の思い悩む姿は、どれほど滑稽に映ることだろう。
「なあ、兄ちゃん。俺は四龍の出来損ないだけどな、多分、人を見る目だけは確かだと思うんだ」
「だてに長生きしちゃいねえもんな」
 ふふ、とゼノは微笑む。
「──雲は龍に従い、風は虎に従うって言うからなあ」
「なんだ?それは」
「娘さんと兄ちゃんが、お似合いだってこと」
 面食らうハクの様子に、ますますゼノの笑みが深まる。
「何にも心配しなくて大丈夫だから。全部、兄ちゃんの杞憂だから。最初は大変なこともあるかもしんねえけど、いずれは誰もが兄ちゃんのことを認めるよ。──なんたって兄ちゃんは、あの娘さんが選んだ男だもの」
「……姫さんがもし、男を見る目がなかったとしたら?」
「俺は、娘さんの目は確かだと思ってるから」
 ゼノは最後の一滴まで酒を飲み干す。
 ハクよりも相当飲んでいるはずだが、酔いの回るきざしはまるで見られない。
 しらふのままだ。余裕のある、静かな微笑み。
「それにな。兄ちゃんが全部一人で背負う必要なんかないんだぜ。兄ちゃんには娘さんがいるし、俺達四龍も、医者見習いのボウズだっているんだからな。もし、何か辛いこととかあったら、皆に愚痴ってくれて全然平気だから。──そしたら俺達が、皆で全部受け止めてやるから」
 ハクは唇を噛む。
 少し酔いが回ってきたのかもしれない──不覚にも、鼻の奥がつんとする。
「おっ?兄ちゃん、ひょっとして感動したのか?」
「うるせえ」
 よしよし、と子どもをあやすように彼の頭を撫でるゼノ。
「ゼノ、お前、うちんとこのジジイにちょっと似てるな」
「ジジイじゃないから!ゼノは永遠の十七歳だからっ」
「ハイハイ」
 鼻を啜って、ハクは、小さな声で呟いた。
「……ありがとな。媒酌人サン」






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