暁のヨナ | ナノ


▼ 誕生日【ハクヨナ】

 目を覚ますと、ヨナ姫の顔があった。
 ハクの寝顔を見ていたのか、頬杖ついてにこにこと笑っている。
「おはよう、ハク」
「……おはようございます」
「昨日はよく眠れた?」
「まあ、……ぼちぼちとは」
 ゆうべも野宿だった。お世辞にも寝心地がいいとは言えないものの、草を枕にして眠る生活にもだいぶ慣れてきた頃だ。
 ヨナとハクの声が聞こえたらしく、そこらで雑魚寝していた四龍達も、一人また一人と目を覚まし始める。
「姫様、今朝もお早いですね」
 大欠伸をするゼノの隣で、まだ重い目蓋を擦りながらキジャがヨナに笑いかけた。
「早く起こしちゃったかしら?」
「いえいえ、私もちょうど起きようと思っていたところですから……」
 顔を赤くして寝床の片づけにとりかかる白龍。
 ハクは身支度をととのえながら、嘘つけ、と独り言。
「今の今まで、口開けて爆睡しやがってたくせに」
「なっ……、そのようにみっともない寝顔を晒しているのはそなたであろう!」
「ふん。一度鏡で見せてやりたいもんだ、あの無防備な寝顔をよ」
 二人のやりとりに、ヨナはくすくすと笑っている。
「ハクとキジャって、喧嘩するほど仲がいいのね」
 ハクは露骨に嫌そうな顔をした。
「やめてくださいよ姫さん。白蛇の馬鹿がうつっちまう」
「誰が馬鹿だと!?」
「はいはい、ハクったら意地悪言わないの。朝ごはんが冷めてしまうわ」
 さあさあ座って、とやけに上機嫌な姫君に急かされた。
 焚き火のそばに並べられた本日の朝餐は、普段より少しばかり豪勢だ。ユンお手製の粽【ちまき】に、汁物、肉の炙り焼き、野菜の漬け物、木の実を煎って砂糖をからめた甘味。
「姫さん、今朝は何かいいことでもありましたか?」
 あきれた、と言わんばかりのヨナの表情。
「覚えてないの?今日はハクの誕生日じゃない」
 ハクはまじまじと姫君の顔を見つめた。
「──姫さんは覚えていてくれたんですね」
「当たり前じゃない。長い付き合いだもの」
「意外と従者思いなんですね、姫さん」
 ヨナの頬がほんのり赤らむ。
「意外って、何よ!」
「すいません。余計なこと言いました」
 少し離れたところで、四龍とユンが何やら額をつきあわせてコソコソと話し合っている。今日がハクの誕生日と知って、悪巧みでもしているに違いない。
「そういえば、覚えていますか?──今日が俺の誕生日になったのは、姫さん、あなたのおかげなんですよ」
「えっ?」
 ヨナはきょとんと目を丸める。
「どういうこと?」
「姫さんが、俺に誕生日をくれたんです」
 ハクの大きな手がヨナの頭にのせられる。
 幼かった姫君が、随分と成長したものだ。
 ──それは彼にとって、決して忘れ得ぬ思い出だった。
「ガキの頃の話ですよ。ヨナ姫、あなたは、俺の誕生日はいつかと聞いてきたんです。──俺は孤児だから、いつどこで生まれたのかもわからない。だから、誕生日なんてないと答えたら、あなたは言ったんだ」

 ──お前の名前はハク。だから八月九日を、お前の誕生日にしてしまいましょう。

「俺もあの頃はまだ幼気【いたいけ】なガキでしたからね。あれは結構、嬉しかったな」
 ヨナはこそばゆそうに、目を逸らした。
「そんなこと、すっかり忘れていたわ……」
「じゃじゃ馬ではねっ返りな姫さんには、手を焼かされることばかりでしたがね、」
 石を投げられそうになり、ハクはその手首をつかんだ。
 ふざけているつもりはない。
 姫君が戯れと思ったとしても。
「──それでもいいと思えるくらい、俺は、あなたから多くをもらっているんですよ」
 今日という日が、本当に自分の生まれた日かどうかはわからない。
 だから彼にとって、誕生日とは、顔も知らない両親に感謝する日ではない。
 この日を特別な日にしてくれた、掛け替えのない姫君に、心を尽くし、より一層、想いを募らせる日なのだ。






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