暁のヨナ | ナノ


▼ 果実水 【ジェハ+ハクヨナ/未来】

 流れるような胡弓の音が、ふつりと途切れる。
 女王はうつらうつらと眠りの舟を漕いでいた。
 その手から、今にも零れ落ちそうな玻璃の杯をそっと取り上げて、青年は微笑む。
「ーー眠いのかい、ヨナちゃん?」
 答える声は既にない。螺鈿細工の施された卓子に俯せになり、彼の想い人は安らかな寝息をこぼし始める。
 ジェハは音を立てずに楽器を置いた。椅子の背もたれにかけてある外套を広げ、起こしてしまわぬように注意を払いながら、彼女の肩に掛けてやる。身体を冷やして障りがあってはいけない。
「タレ目。お前が子守唄みてえな、まどろっこしい曲ばかり弾きやがるせいだぞ」
 酒の補充に出ていったハクが、いつの間にやら戻っていたらしい。盆の上に酒瓶を載せて、こぼさぬよう静かな足取りで部屋の中に入ってくる。ヨナには甘い果実水の代わりを運んできたようだが、眠ってしまったのでもう用無しとなった。
「音楽を聴かせるのは胎教に良いらしいとユン君から聞いてね。これからは毎晩、心を込めて演奏させていただくよ」
「それはそれは。ご配慮痛み入ります、お兄サン」
 ハクが彼女の顔を覗き込み、口元を緩めるのをジェハは傍らで眺める。夫婦仲のよろしいことだ。ふと、手元にヨナの杯が残っていることを思い出した。灯籠の明かりに翳して揺らしてみると、中にはまだ飲みかけの果実水がゆらめいている。鼻先に近づければ、茘枝と野苺の甘く爽やかな香りがした。
 考える暇もなく、ジェハはその杯に唇をつけ、やたら芳しい水をあおっていた。甘みととろみが舌に絡みつき、果実の爽やかな後味を残して喉元を伝い落ちていく。
 これは病みつきになってしまうかもしれない。
 顔を上げると、雷獣が眉をひそめていた。
「いいじゃないか。別に口づけを交わしたわけでもあるまいし」
「俺は何も言ってねえだろうが」
「目は口ほどに物を言うのさ」
 楽器を手に取り、ジェハは途切れた演奏を再開させる。ハクは眠りこけるヨナを抱き上げ、彼女がよく寝そべって休んでいる窓辺の長椅子に、そっと横たえた。その役目はハクのもの。充分すぎるほど承知している。だから彼は手を出さず、こうしておとなしく楽の音を奏でている。
「ハク。月が満ちたら、どんな子が生まれてくるだろうね?」
「さあな。元気に生まれてきてくれりゃ、それだけで孝行者だろうよ」
「欲がないな、ハクは。どうせなら、愛するヨナちゃん似の可愛い王女様がいいとか、思わないわけ?」
 僕は期待しちゃうけどね。ーーまあ、ほんのちょっとだけ。
 奏者は本心をひた隠して静かな笑みを浮かべる。
 まだ舌先に残る果実水の後味が彼の胸を甘く疼かせる。
 やや哀切を帯びた夜想曲は、子守唄には相応しくないかもしれない。
 されど弓を動かす手はとどまるところを知らず、やむにやまれぬ心を滔々と奏で続けている。
「ヨナちゃんから生まれてくる子だ。きっと、可愛くないわけがないさ」





[ ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -