暁のヨナ | ナノ


▼ 紅閨 【ハクヨナ/未来】


 赤い丸窓の透かし細工から、淡く柔らかな朝日が差し込んでいる。薄紅色の帳越しにぼんやりと見つめているうちに、辺りに広がる宵闇をゆっくりとのみこみ、次第に明るさを増していくその光。
 女官達が、朝の支度を調えるために女王の寝所を訪れるまで、そう長くはかからないだろう。
 柳のようにしなやかな脚が、絹の寝具の中からそっとあらわれた。身を起こしたヨナは、床に衣装が脱ぎ捨てられているのをみとめる。昨夜の営みが思い起こされて、にわかに白い裸身が火照りを帯びた。朝からいったい何を考えているのかしらーー、とうら若き女王は己を戒めるように首を振り、胸に湧いた煩悩を払いのける。隣に眠る男に気配を気取られぬよう、息をひそめ、つとめて静かに寝台から出ようとした。
 だが、いつもの通り、それは所詮無駄な試みであった。
 彼女が腕の中から抜け出したと知るや、閉じられていたはずの彼の双眸がぱっと開かれる。女王はあっという間もなく、その白い手首を掴まれて、寝乱れたままの寝具の中に引きずり戻されていた。
「起きているの?」
 丸窓の向こうに小鳥の愛らしい囀りを聴く。寝起きの彼は目を細めて、とろけるような甘い微笑みを浮かべた。彼は時折、閨にいるとこうしてあどけない少年のような顔をする。婚礼を挙げる前は、偉丈夫の彼ばかり見ていたはずなのに。
「ハクの、寝坊助」
 憎まれ口を叩きながらも、愛おしくて仕方がない。ヨナはそっと目を閉じて、額に彼の優しい口づけを受けとめる。離れていった唇は、次は閉じられた瞼の上に落ちてくるとわかっているので、絶対に目を開けたりしない。こうして同じ寝台の上で朝を迎えるような関係になって、二人はまだ日が浅い。暗がりで一夜を明かすだけでも、心が掻き乱されて落ち着かないというのに。今、このような明るさの中、互いに生まれたままの姿で彼と目が合ってしまえば、羞じらうあまりどのような醜態を晒すことになるやら。
「……まだ、行かないでくださいよ」
 寝起きの彼の声は掠れている。囁きかけられるとやや耳にくすぐったくて、ヨナは背中に甘い疼きを覚えた。彼の手によって開かれたばかりの花は、囁きかけられただけでその身を震わせてしまうほど敏感だ。羞じらいを誤魔化すように、彼女はわざとらしく茶化した声を出す。
「もうじき女官が来るわ。そろそろ起きなくちゃ、ね?」
「お断りします」
「もう。そんな聞き分けのない子どもみたいなこと、言わないで」
「何て言われようが離さない。ーーどうしても行くって言うなら、」
 剥き出しのままの逞しい胸に、強く抱きすくめられた。言うことを聞かないと、こうやっていつまでも閉じ込めてしまうぞ、ということなのだろう。心置きのない愛情表現は、夫婦と呼べる間柄となったとはいえ、まだまだ彼女の肌に馴染んでくれそうにない。ヨナは触れ合う素肌の温もりに戸惑いつつ、ぎこちなくその胸に身を預けた。甘え方もまだまだ模索中だ。鍛え上げられた胸に耳をあて、何やら落ち着かない心持ちで、彼の心臓の音を聴く。
 ふ、と頭に吐息がこぼれたのを感じた。顔をあげると、ハクが笑いをこらえている。
「何が可笑しいの?」
「いや、ーーくくく」
「お前、また私をからかっているの?」
 いいえ、とハクは首を振る。眉をひそめる彼女のこめかみから、長い指の先をそっと差し込み、鮮やかに波打つ赤髪を手櫛で優しくすいた。掬いとった毛束を唇に押し当てる。髪の毛の一筋さえも、ハクは彼女そのものとして愛おしむ。
「あんたがいないと、俺はどうもゆっくり眠れないらしい」
「……なぜ?」
「寂しいじゃないですか。昨夜と同じ寝台で、今朝は独り寝だなんて」
 ヨナの白い頬が淡く色づく。髪を弄ぶハクの口角はずっと上がりっぱなしだ。
「奥さん」
 姫さん。女王陛下。ヨナ姫様。ヨナ女王ーー。時と場合に応じて、ハクは様々な呼び名を使う。いずれも彼なりの尊敬と愛着の込められたもの。彼に名を呼ばれるたびに、ヨナは愛する人が傍にいる幸福を思い知る。
「せめて閨にいる間くらいは、俺だけのものでいてくださいよ」
 一国の君主たるもの、その身は万民の為に捧げなければならない。
 けれど彼は私の夫。この国の女王が閨房に召すことを許した、唯一の男。
 私の心は、つねにお前と共にある。





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