暁のヨナ | ナノ


▼ 花中君子 【スウォン+ヨナ/過去】

 皇女が父王にねだった離宮は、高華国の娘なら誰もが羨むだろう、華やかで優美な佇まいをしていた。
 黄金の破風に朱色の柱。赤々とした花が絶えず咲き乱れており、紅く霞がかったように見えることから『紅霞樓』と名づけられたその楼閣は、完成までに長い時を要した。目に入れても痛くないほど溺愛する一人娘のため、王が国中で最もすぐれた職人を選りすぐり、最高級の調度を誂え、いっさい妥協することがなかったためである。
 待ちに待った御披露目の日、この離宮の女主人となった皇女は、従兄の手を引いて、回廊や庭園を揚々と駆け回った。美しい房飾りのついた簾を上げ下げしていたずらしたり、池にかかる太鼓橋の欄干を危なっかしい足取りで歩いてみたり、世話役の女官達の手を焼かせては、屈託のない笑顔を見せる。
「私ね、誰よりもまず一番最初に、スウォンを連れてきたかったの」
 年嵩の従兄は穏やかな目をして頷いた。それは嬉しいですね、と。
 庭園はさながら桃源郷のようだった。鸚哥の囀りと水のせせらぎが耳に心地好い。石造りの橋を渡ると、花に囲まれた吹き抜けの八角堂がある。
「この離宮には花が沢山咲いていますね。ヨナが一番好きな花は、どれですか?」
 ヨナは頭に挿した小振りの簪をさりげなくちらつかせる。珊瑚を細工して牡丹を模したもので、先の誕生日にもらった贈り物の一つだ。
「牡丹は綺麗だから好き。でも、そうね、こうして見ると蓮も捨てがたいわ」
 池をのぞくと、水面に浮かぶ蓮の下で色鮮やかな鯉が泳いでいる。欄干に頬杖をついてヨナがにこにこと笑う。
「うん、やっぱり蓮も綺麗。スウォンは、どの花が好き?」
「私ですか?ヨナの好きな花なら、私はどれも好きですよ」
 小さな皇女の頬が花のように染まる。従妹と同じくまだ幼気な子どもでしかない少年が、その羞じらいの表情に気付くことはない。
「老師が教えてくださいました。牡丹は花王で、蓮は花中君子。どちらも花の中の女王なんだそうです。ーーまるで、この離宮のヨナ姫のようですね」
 私がこの小さなお城の女王なら、あなたは王様。
 とうの昔に、私の心がそう決めたの。





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