るろうに剣心 | ナノ


▼ 無欲と大欲 【剣薫】


 置き時計が午後三時を指していた。障子の薄紙を透かして差しこむ日光には、まだかげりは見られない。とりわけて用事のない日というのは時間の過ぎるのがやたらと遅く感ぜられる。片袖をおさえ、長火鉢にかけた鉄びんをとりあげながら、薫はひとつ欠伸をした。
 折良く庭から縁側へ上がってくる影が見える。おかえり、と茶の煙をくゆらせながら迎え入れれば、ただいま、と返してくるその目尻が人懐こく下がった。
「弥彦は? まだ帰らない?」
「ああ。きっと、どこかで油を売っているのでござろう」
「そうよね。まったく、あの子は……」
 使いに遣ってもまずまっすぐ帰ることがないというのは、子どもの天性である。退屈しのぎに稽古でもつけてあげようと思ったのに、と薫は恨みごとを繰りだす。
 人のいい剣心は、両手を湯呑みにそえて温めながら、笑って取りなした。
「まあまあ。時には息抜きも必要でござるよ」
「弥彦の場合、いつだって息抜きばかりだわ」
 半ばふてくされながら、薫は進物の羊羹をひときれ口元に運ぶ。甘いものを食べればおのずと機嫌は直ってくる。その様子を見守っていた剣心が、湯呑みを顔に近寄せつつ、しみじみと一言こぼした。
「拙者の方こそ、息抜きばかりのようでござるなあ……」
 フフ、と、かすかな笑いとも湯冷ましともとれそうな吐息。湯呑みから立ちのぼるほのかな煙ごしに、薫はそのなごやかに閉じられた瞳を見透かした。幼子のまどろみにも似た深く安らかな心持ちが伝わり、今日という日が無為に過ぎていくことを、このばかりは感謝したくなった。
 





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