るろうに剣心 | ナノ


▼ 白日巷 【剣薫】

 中天に浮かぶ太陽の、さすような白い光に目が眩む。手庇をつくって顔をしかめる彼の耳に、ふと呼ぶ声が届く。光にまだ慣れぬ瞳の中で幻のように立ち昇るその姿。久しぶりね、と、囁く声がわずかに震えている。
 はすに臨む道場からは活気に満ちた門下生の声と、竹刀をしたたかに打ち合う音が響き渡る。薫は所在なさげに首筋の汗を拭いた。薫殿、と彼が呼べば、困ったような懐かしいような顔をしてようやく彼と目を合わせる。
「私になにか、用かしら」
 他人行儀な物言いである。彼はそのことに、堪らなく寂しさを覚える。
「薫殿に、会いたくて」
「遅いわよ。──それに、勝手過ぎる」
 玄関戸から歩き方のおぼつかぬ幼児が出てきた。薫は振り返り、彼に背を向けて幼児を抱き上げる。家の中からは彼女を呼ぶ声がする。穏やかな男の声だ。薫の肩越しにじっと彼を見つめてくる幼児には、彼女の面影はないように見えたが、その目だけはよく似ていた。
 振り向いた薫の顔には、なにか吹っ切れたような清々しさがあった。
「──剣心。私、今、とても幸せよ」

 中天に浮かぶ太陽の、さすような白い光に目が眩む。手庇をつくって顔をしかめる彼の耳に、ふと呼ぶ声が届く。光にまだ慣れぬ瞳の中で幻のように立ち昇るその姿。剣心、おかえりなさい、と親しみのこもる声が言う。
「汗かいてるじゃない。走ってきたの?」
 彼の首筋を伝う汗を手ぬぐいで拭いてやりながら、薫があきれたように笑う。彼の唇からか細い溜息のような声がこぼれた。
「──薫殿に、一刻も早く会いたくて」
「あら、そう?」
 薫は笑って本気にしなかったが、彼は焦燥に駆られたように、両腕を広げてしかと妻を抱きしめた。
「えっ? ……剣心?」
「すまない、しばらく、このままで」
 あれは何だったのだろう。疲れが見せたつかの間の夢まぼろしか。それにしてはやけに現実味を帯びていた。愛着や嫉妬にまみれた心を見透かすような、あの幼児の瞳が忘れられない。
 玄関戸から歩き方のおぼつかぬ幼児が出てきた。彼は背筋が凍りつきそうになるが、よく見ればそれは己に瓜二つの、愛息子の姿なのだった。
「──薫殿は、今、幸せでござるか?」
 思わず口をついて出たその問いかけに、一片の陰りも見当たらぬ笑顔で、彼女は首肯いてみせた。





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