るろうに剣心 | ナノ


▼ ふりみふらずみ 【剣薫】

「──ああ、良かった! どうにか、動き出しましたね」
 なんて可愛らしいお嬢さんだろう、植木屋は、その日向に咲く花のような晴れやかな笑顔を、まぶしげに見つめた。
 ぬかるむ悪路に荷車の車輪をひっかけ、立ち往生していたところへ、脇の剣術道場から出てきた若い娘が声をかけてきた。荷車が動かずに難儀している旨伝えると、こころよく、車を押すのを手伝ってくれたのである。
「良かったら、御礼と言っちゃなんだが、どれかおひとついかがです?」
「えっ? そんな、悪いです。売り物でしょう?」
「いやいや、是非。別嬪さんにもらわれるんだ、花も本望でしょうよ」
 別嬪はかすかに頬を染めて、植木屋さん、お世辞がお上手だわと笑った。羞じらう様子もまた男心くすぐるいじらしさである。荷車に積んだ鉢を吟味しながら、どれもきれいですねと別嬪がこぼせば、その言葉をひろった植木屋は、そうですねえ、いずれ菖蒲あやめ杜若かきつばた、などと花のかんばせに見惚れながら、わざとらしく口説いてみたりする。
「なるほど、どれも選びがたいようでござるなあ」
 背後から唐突に会話に混じってきた声に、植木屋はすかさず振り返る。どこから降って湧いたのやら、優しげな顔をした男が別嬪にならい、いつの間にやら荷車にならぶ鉢植えを一緒にながめていた。
「植木屋さんは、菖蒲か、杜若がおすすめなんだって」
「いや、紫陽花はいかがでござろう?」
 優男が己の差している傘のなかにさり気なく別嬪を引き入れて、言った。
「縁側から見える場所に置けば、きっと、雨の日の憂さ晴らしになるはずでござるよ」
「……あ、そっか。じゃあ、剣心の言う通りにしようかな」
 いいですか?と別嬪に訊かれ、植木屋は落胆の色をひた隠したひきつり笑いで首肯うなずいた。別嬪が紫陽花の鉢植えをかかえようとして身を屈めると、優男は、植木屋に紫陽花の代金を支払おうとする。
「あ、いや、これはお嬢さんに助けてもらった御礼で──」
 代金はいただかぬのだとみなまで言わせず、優男は植木屋の手に銭を押しつけてきた。意地になって返そうとするも、優男はもう植木屋に背を向け、鉢植えと格闘している別嬪に肩を寄せている。
「薫殿。重いゆえ、拙者が持とう」
「──そう? ありがとう。じゃあ、傘は私が持つね」
 優男が微笑みながら傘を手渡した。傾いた傘から雨の滴がきらきらとしたたり落ち、別嬪は、匂い立つような横顔で相手を見つめ返していた。







[ ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -